第7章 あまーいバニラの香りを添えて
「杏奈ちゃんのそんな顔…っ、はじめて見た…っ!!」
笑いを押し込めようとして失敗した萩原が、口元を手で押さえながら杏奈を見る。
普段からへらりとした笑みを浮かべることの多い杏奈だが、そうでないときは、大抵どこか眠そうな、無気力な表情をしていることが多い。
そんな彼女がこんなにも相好を崩しているところを、萩原は未だかつて見たことがなかった。
込み上げてくる笑いを抑えることができずに、笑い続ける萩原を、しかし杏奈は特に気にした様子もなく、だって…と言う。
「今、すっごい幸せなんですもん〜。」
ふへへぇ〜とデレデレと蕩けきった、だらしない笑みを浮かべる杏奈。心なしか、彼女の周りにだけ、花が舞っているようにも見える。
ここまで喜んでくれて、連れてきた甲斐はあるが、まだデートははじまったばかり。
果たしてこれを超えられる場所があるかどうか。
一軒目にして既にしあわせが最高潮の様子の杏奈を見て、萩原は不安に思いつつも、その瞳は優しく彼女に注がれている。純粋で素直な反応は、やはり嬉しいものだ。幸せそうな杏奈を見ていると、自分までしあわせな気分になる。
何も食べずに横浜へ向かった二人は、あっという間に食事を完食してしまった。
「お気に召していただけましたかな?姫。」
のんびりと残りのミルクティーを飲む杏奈に、口をつけていたコーヒーカップをソーサーに置くと、萩原が問う。
同じようにグラスを置いた杏奈は、大満足ですとへらりと顔を綻ばせた。そんな彼女に萩原も満足そうに笑む。
「ところで、こんなことデート中に聞くのは無粋だと思うんだけど……杏奈ちゃんは松田のことどう思ってるの?」
無粋だと言うわりには、ニコニコと楽しそうに微笑みかける萩原。
杏奈は言われたことにきょとんとしたが、言葉の意味を理解すると、ほんとーに無粋ですねと呆れたように溜息をついた。