第7章 あまーいバニラの香りを添えて
「ここって……横浜ですよねぇ?」
杏奈の視界に広がるのは、海沿いの広くキレイな公園。
海外との豊かな交流を感じさせる記念碑が多いことでも有名で、観光スポットとしても知名度の高いそこは、少し視線を上げるだけで、横浜ベイブリッジや港を行き交う船の姿が見える。
遠くにはこれまた観光スポットとして有名な、マリンタワーがこの港町を見下ろすように立っている。
日本でありながら異国の情緒を残すこの場所には、午前中の時間帯でも多くの人間の姿が伺えた。
景色を眺めながら問いかける杏奈の隣に並びながら、萩原はそうだよと穏やかな声で答える。
「杏奈ちゃんとデートするって考えて、真っ先に思い浮かんだんだよ。」
萩原は今回の杏奈とのデートの場に、都内の有名なデートスポットではなく、あえて隣県の横浜を選んだ。
同じ有名どころならば、都内でも十分こと足りるだろうに。
穏やかに微笑む萩原を杏奈は見上げる。
彼がなにを思って、なにを考えてこの場所に自分を連れてきたのかはまだ分からないが、何やら彼にはしっかりとした理由があるらしいことだけは、杏奈にもわかった。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか。お姫様。」
恭しくそう言いながら、萩原はスッと杏奈に左腕を差し出す。
デートらしくエスコートしてくれるらしい彼に、杏奈はふふっと小さく笑うと、では失礼しますと萩原の腕に自分の腕を通した。
萩原にエスコートされながら、杏奈はゆっくりと歩きはじめる。
そのむかし、外国人の商業活動と居住の為の市街地である、居留地が整備されたこの通りは、波打ち際に沿ってつくられている。
公園ができる以前はもっと海沿いにあったこの道は"海岸通り"と呼ばれており、歩道に敷かれたピンコロ石に風情や、洋館風の建物が立ち並び、異国情緒あふれる街並みが続く。海の香りとともに異国の風まで運んできているようだ。
マリンタワーをはじめとする多くの人々に馴染み深い施設の他、数多くのホテルも立ち並び、公園を訪れる人々や、周辺を散歩する人。ホテルに滞在する人など多くの人々が行き交うなかを、楽しそうに話しながら歩く。
そうして見ているだけでも充分に楽しめる、美しい風景を眺めながら語らい歩くことしばらく。
萩原は着いたよと足を止めた。