第7章 あまーいバニラの香りを添えて
「萩原さんも、とってもカッコいいですよぉ。」
今日の萩原も、普段のスーツ姿ではない。
白シャツに紺の七分袖テーラードジャケットに、黒のスラックスとバブーシュを合わせた、洗礼されたファッションに身を包んでいる。
自分の魅力を理解しているからこそできる、シンプルながらしっかりと自分を引き立てるファッションだ。
普段のスーツ姿もイケメンですけど、私服はまた一段とステキですねぇと、杏奈は萩原を頭のてっぺんから爪先までみると、感心したように言う。
「杏奈ちゃんの隣に立っても恥ずかしくないように、少し頑張ってみました。」
杏奈の言葉を借りてお茶目にいう萩原に、杏奈はパクられたーと楽しそうにコロコロと笑う。そんな彼女に萩原も、パクっちゃったと戯けて返すと、お互いを褒めるのはこの辺にしてそろそろ行こうかと、助手席のドアをあけた。
「どうぞ、お姫様。」
同年代の男子ならば照れくさくて絶対に口にしないようなセリフを、萩原は曇りなく当然のように言う。普段から言い慣れているのかもしれない。
思わず笑ってしまいそうになった杏奈だが、ここは萩原に合わせようと、薄紅色のスカートをふわりと持ち上げて、ありがとうございます王子様と恭しくこうべを垂れた。せっかくのデートなのだから、楽しまなければ損だ。
杏奈が助手席におちついたことを確認して、萩原は音を立てないように注意しながら車のドアを閉める。
自身も運転席に乗りこみ、エンジンをかけるとゆっくりと車を発進させた。
普段から運転して慣れていることもあるのだろうが、車の性能もいいようで振動はほとんどなく、車はスルスルと滑るように道路を進む。これ絶対お高い車だ…汚したらどうしよおと杏奈が戦慄したことは割愛する。
一番最初の信号で赤信号にひっかかり停まったところで、杏奈は少し高い位置にある萩原の横顔を見上げた。
「すっごく今更なんですけど、どこに向かってるんですか?」
杏奈は萩原とデートに行くことは決めたものの、行き先などは全て彼に任せてしまっていた。
というのも、行き先をどうするか相談したときに、当日のプランはぜんぶ俺が考えておくからと萩原が言ったためである。