第5章 マシュマロとガトーショコラ
今までにないタイプのその言葉に固まる二人を他所に、杏奈は顔を上げる。穏やかな彼女の瞳に見られ、松田と萩原は思わずビクリと肩を震わせる。
今度は一体なにを言われるのかと身構える二人の視線の先で、杏奈はゆっくりと唇を開いて。
「ご注文お決まり次第、お声かけください。」
へらりと微笑みながら接客中のお決まりの台詞を口にした杏奈。再び松田と萩原は鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる。
しかしそんな二人の様子に、やはり杏奈は気にした素振りもなく、ぺこりと頭を下げるとカウンターの方へと帰っていった。相変わらずのマイペースっぷりである。
別の人の接客をしている杏奈をしばらくポカンと眺めていた萩原は、沸々と湧き上がるものを堪えきれず、ははっと笑ってしまった。
「杏奈ちゃん、面白いなぁ…っ!」
クツクツと肩を震わせ笑い混じりにそう楽しそうに言う萩原に、松田は全くだと呆れ混じりの溜息とともに同意を返す。
はじめてモリエールに来店したときからそうだ。杏奈は相手の反応を気にして発言しない。良くも悪くも飾らず素直。
今まで自分たちに言い寄ってきた女性たちのように、自分を良く見せようと言葉を飾ったりしないから、予想外の言葉が返ってきて驚かされる。それが新鮮で、面白い。
つかアイツ、俺のことイケメンとか思ってたのかよ。
松田は今更になって杏奈の言葉を思い出す。
今まで接してきた中でそういった素ぶりが一切なかったため、てっきり何も感じていないと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。興味はないようだが。
過去に幾度となく容姿を褒められてきた松田だが、どんな言葉より杏奈の飾らないその言葉を嬉しく思った。
身体を苛むむず痒いような感覚に、松田は首の裏をかく。
「とりあえず、なんか頼もうぜ。」
むず痒いようなその感覚から気を逸らそうと、松田がメニュー表を開く。萩原は相変わらず笑いが治りきらない楽しそうな様子で、そうだなと揃ってメニュー表を覗き込んだ。
二人とも昼食がまだだったため、萩原はサンドウィッチとアイスティー、松田はトマトソースパスタとブレンドコーヒーを注文した。