第5章 マシュマロとガトーショコラ
もともと下見の意味もあってここまで来た萩原が、じゃあ別のところにしようかと同意する筈もなく、松田は問われた言葉にもごもごと口を動かす。
「なんでって……なんとなくだよ。」
結局うまい言い訳が思い付かず、萩原から視線を逸らしそう答える松田。
当然、萩原は納得しないわけで、はぁ?と意味がわからないという表情を浮かべる。
「特に理由もないなら入ろうぜ。折角ここまで来たんだし。」
行くぞーと言いながら店に入ろうとする萩原を止めようと、松田が手を伸ばしたその時、あれぇ?と間延びしたのんびりとした声が二人の間に割り込んだ。
第三者の声に松田と萩原は、揃って声のした方へと視線を向ける。
そこには、買い物袋を両手に下げた、細い白ストライプの入ったグレーのワイシャツに、黒のスラックスというカフェ定員風の身なりの愛らしい容姿の少女が立っていた。
当然の少女の登場に、萩原は目を丸くして彼女の姿を凝視する。
そして一方の松田は、思わず内心で舌打ちを零した。
「お店の前で男の人が揉めてると思えば、松田さんじゃあないですかー。」
お隣の方はお友達ですかー?と、短く切り揃えられた前髪の下にある、澄んだ海のようなタレ目を松田に向け、少女は問うた。
何やら松田のことを知っているようで、親しげに問うその少女に、萩原は隣に立つ友人を見る。
松田は罰の悪そうな顔をして、今度こそ舌打ちを零した。
萩原はその様子を見て松田がモリエールへの入店を拒否した理由が分かって、そうゆうことかぁとニヤリと愉しそうに口元を歪める。対する松田は、からかい混じりのその視線と明らかに何かを勘違いしている友人に、目に見えて機嫌が悪くなった。
「入らないんですかー?」
対照的な二人の様子に首を傾げた少女は、のんびりとした歩みで店先へと向かうと、ドアを開けて改めて松田と萩原を見る。
この状況になってしまった以上、帰るわけにも行かず、松田と萩原の二人はモリエールへと入店したのだった。