第5章 マシュマロとガトーショコラ
「へー。杏奈ちゃんって言うんだ。可愛いね。」
ニコニコと笑みを浮かべるのは、襟足の長いサラサラの黒髪にタレ気味の瞳をした男。
声をかけられた杏奈は、男の言葉をへらりと笑顔で受け流して、男の向かい側へ視線を向ける。
杏奈が視線を向ける場所。男の向かいには、不機嫌そうに眉を寄せる松田が座っていた。
何故このような状況になっているのか。事の発端は一日前まで遡る。
「松田ー。お前、明日ヒマ?」
一日の訓練が終わり汗を流して着替える松田に、男が問い掛けた。
男の名前はーー萩原研二。
松田と同じ機動隊の爆発物処理班に身を置く同僚であり、警察学校からの腐れ縁である。
シャツに腕を通しながら問い掛ける萩原に、隣で同じくネクタイを結んでいた松田は、頭の中で明日の予定を確認する。
明日は久方ぶりの非番で、予定というほどの予定はない。
松田が特に予定はないと返すと、萩原は表情を明るくして口を開く。
「そうか!じゃあ明日、13時に杯戸駅で!」
萩原のことだ。また飲みの誘いだろ。
酒好きの萩原は、同じく酒好きの松田を誘い、二人で飲みにいく機会が多い。飲みに行く前に萩原の買い物に付き合わされたり、早目に集まることもままあるため、今回もその類いだろうと松田は特に気にすることなく、おうと応えた。
そして当日、杯戸駅で待ち合わせをしたのだが、萩原は直ぐに電車に乗るために改札へと向かう。てっきりまた買い物に付き合わされるとばかり思っていた松田は、疑問を感じて初めて萩原に行き先を問いかけた。
「実は気になってるカフェがあるんだよ。でも女の子を誘うには少し下見が必要そうでね。なんでもミステリー好きが集まる店らしい。」
女の子をデートに誘うときの為に口コミサイトを見ているときに萩原が目にしたのは、とあるカフェの情報。
英国のアフタヌーンティーに習った、ティータイムの限定セットが人気らしく、投稿された写真には鮮やかな紅茶とケーキスタンドを彩る可愛らしい一口サイズのケーキやサンドウィッチの姿。店内の雰囲気もレトロモダンで、なんとも女の子が好きそうなカフェだった。
しかし口コミの多くは、ミステリーや推理ものの小説が好きな人間のもので。どういうわけか、そういった趣向の人間に大人気らしい。