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アフタヌーンティーはモリエールにて

第4章 アッサム、ときどき、カモミール


「またねーー松田さん。」


そう、ふわりと穏やかに微笑んだ。
杏奈の言葉に優しい微笑みを深くした松田は、くしゃりと自分よりもずっと低い位置にあるその小さな頭を撫でて、じゃあなとその手を下ろした。

それではーと言うと杏奈は、今度こそ松田に背を向けた。
離れていく小さな背中に、あんまり遅くまで出歩くなよ!と警官らしいことを言う松田に、はーい!と杏奈は振り返り大きく手を上げる。

大きく一度手を振って直ぐに前を向いて歩き出した杏奈の背中をしばらく見送って、松田も彼女に背を向け駅の方へと足を踏み出した。

歩きながら松田の頭に思い浮かぶのは、杏奈の顔。
店員と客としてしか接していなくて、先日までは知らなかった彼女のことをたくさん知った。

モリエールの紅茶に感銘を受けて、店長である森を口説き落としてバイトとして雇ってもらったこと。
ミステリー小説や推理小説が大好きで、店内にある本は彼女の私物であること。
短い前髪は本を読むのに邪魔で自分で切っていること。

そして意識していないだけで、実は異性との触れ合いに不慣れで照れてしまうこと。

頬を紅く染めて瞳を潤ませ戸惑っていた杏奈の姿を思い出して、松田は緩む口元を片手で覆い隠した。

杏奈のことを考えていると、不意にポケットの中の携帯が震える。
画面を確認すると、それは合コンの誘いをしてきた友人からの連絡で。待ち合わせには早めに来るようにという旨の連絡だった。

了解と返信を打った松田だが、数秒考えて今しがた打ち込んだ文字を消す。そして代わりにやっぱり今日は行かないと、断りの文を打ち込んで送信した。
杏奈と話して満たされた今の気分を、よく知りもしない女と話して帳消しにしたくないと感じたのだ。

次はいつ休みだっけ。
松田は次の非番の予定を思い浮かべるが、当然直近の休みはない。
そのことを残念に思いながら、松田はなんとなしに視線をあげる。

見上げた視線の先には、夕方の赤が遠くに見えて。
それはあの時みた杏奈の頬の色に良く似ていた。同時に蘇ったのは、ふわりと甘いカモミールの香り。

なるほど、リンゴに似てるからか。
彼女の紅く瑞々しい頬を思い出して、松田はまた小さく微笑んだ。





ーー アッサム、ときどき、カモミール ーー
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