第4章 アッサム、ときどき、カモミール
それから二人はお互いのことを話した。ちなみにそこで初めて松田は"アン"というのは、モリエールでの杏奈の愛称だと知った。
職業や学校生活のこと。休日の過ごし方。紅茶以外の好きなもの。好きなミステリー小説のこと。
松田も友人の影響でミステリー小説を読むこともあり、互いに話題は尽きずに話し続ける。
しかし楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていくもの。
このあと友人と会う約束がある杏奈が席を立ったことで、松田も席を立つ。会計ーー松田が杏奈の分も払ってくれたーーを済ませて二人揃って店を出た。
梅雨が明けて初夏になった空は、夕方と言えどもまだまだ明るい。
駅のある大通りには向かわず、このまま友人の自宅へと向かう杏奈は、夕方のオレンジが奥のほうにほんの少しだけ見える空の下、松田と向き合う。
「今日はありがとーごさいました。楽しかったです!」
ぺこりと頭を下げて、結局おごって貰っちゃいましたしと、杏奈は顔を上げるとへらりと笑う。
お礼を言う彼女に、松田はお前がお礼言っちゃうのかよと、小さく吹き出した。
「こっちこそ、紅茶うまかった。」
ご馳走さまと杏奈にならってお礼を口にした松田に、気に入っていただけたようで良かったですと、杏奈は嬉しそうにふにゃりと微笑んだ。
「また是非お店に来てくださいねー。」
それ以上、特に何か言うことも見当たらず、この後の予定もあって杏奈は、それではーと緩く別れを切り出して再度頭を下げる。
そして頭を上げようとしたところで、不意に頭に熱を感じて。
過去にも何処かで感じたことのあるその熱に顔を上げると、いつの間にか距離を詰めていた松田が立っていた。頭に感じる熱は彼の手だと杏奈は瞬時に理解する。
「またなーー杏奈。」
"杏奈"という愛称ではなく名前を呼び、いつも浮かべる意地の悪いニヤリとしたそれではない、ふっと優しく微笑む松田の顔を杏奈はただ見上げた。
人の頭撫でるの癖なのかなぁと思いつつ、杏奈は松田の顔を見上げたままコクンと小さく頷く。