第4章 アッサム、ときどき、カモミール
「……松田さん、ニヤニヤ気持ち悪いです。」
戸惑ったように包まれていた自分の手を握り、落ち着かなく視線を彷徨わせていた杏奈は、自分のことを見てニヤニヤする目の前の男にそう告げる。バカにされていると感じたのだ。
唇を尖らせる杏奈に、今自分がどんな顔をしているのか教えてやろうかとも思ったが、口にすることはなく松田は、紅茶が美味しかったから?と適当なことを言う。
絶対ウソだ。
松田が本当のことを言っていないことに杏奈は気付いたが、本当のことを聞き出したところで碌なことにならないだろうということも、わかっている。この短い付き合いで、松田の人を食ったような性格は嫌というほど分かった。
「それは良かったですねー。」
投げやりにそう言って、杏奈はスコーンに手を伸ばす。
クロテッドクリームとイチゴジャムを塗って、パクリと一口。
口に広がる甘みとイチゴジャムの酸味、バターの香り。クロテッドクリームの滑らかな口当たりもあって、最高のご褒美だ。ささくれた心が凪いでいく。
「拗ねんなよ。」
「拗ねてないですけど。」
正面で杏奈の様子を観察していた松田が、テーブルに頬杖をついてニヤリと笑う。
そんな松田に杏奈は引っ込んだ口元を尖らせて、即座に否定して、オレンジカモミールティーでささくれかけた心を、スコーンごと流しこんだ。
あれほど照れていたのに、躊躇なくストローを口に咥えた杏奈に、ははっ、と松田は思わず笑いを零す。松田が先ほどストローを咥えたことなど、すっかり忘れてしまっているようだ。
やっぱりコイツといると飽きねえ。
同じ女なのにこうも違う。早めに切り上げてモリエールに来たのは正解だったと、松田は楽しそうに笑った。