第4章 アッサム、ときどき、カモミール
「その代わり、また紅茶淹れてくれ。」
丁度コーヒーも飲み終わって食後の一杯が欲しかったんだと、松田は空になったコーヒーカップを杏奈に見せる。
松田の言葉に、杏奈はむすっと顔を歪め、え〜?と不満の声を上げた。
「私もう、今日のお仕事はしゅーりょーしたんですけどー。」
杏奈の仕事は既に終了しており、今は自分の自由な時間だ。
紅茶ならば杏奈が淹れなくとも、森が美味しいものを淹れてくれる。わざわざ業務の終わっている自分が淹れる必要性を、杏奈には見出せない。
取り繕うことなく不満を露わにする杏奈に、松田は別に断ってもいいぜ?その代わり相席の話はナシだけどなと、ニヤリと意地悪く笑う。
松田さんって、やっぱり憎まれ口叩かないと死ぬのかもしれない。
ニヤニヤと意地悪く笑いながら自分を見上げる松田に、杏奈は先日も思ったことを胸に抱いた。
そんな杏奈の心のうちなど露知らず、どうするんだ?と松田は答えを急かす。杏奈は諦めたように溜息を吐いた。
「わかりましたぁ。いいですよー。」
一瞬、断ってやろうかとも思ったのだが、どうせ隣の席に移動したところで、あまり意味はないだろうと杏奈は松田の条件を受け入れた。
明らかに渋々と云ったような杏奈の態度に、しかし松田は気分を害することなく、交渉成立だなとニヤリと浮かべた笑みを深める。
「どんな紅茶をご所望ですかー?」
明日に荷物だけ置いて、杏奈は問いかける。
松田は手元のメニュー表にざっと視線を滑らせ、直ぐにパタリと閉じて杏奈を見上げた。
「アッサムで。」
先日飲んだブレンドティーにしようかとも思ったのだが、松田は紅茶としてはポピュラーなアッサムを注文した。
松田の言葉にかしこまりましたーと了解して、杏奈はへらりと微笑む。
「その代わり座る場所、変わってくださいねー。」
松田が座っているのは、壁際にあるソファー席。その彼と相席するとなると、杏奈は向かいの椅子に座るしかない。
すると杏奈は必然的に店内に背を向ける形になるわけで。いつも店内の様子が見れるように座る杏奈とは、逆になってしまう。