• テキストサイズ

アフタヌーンティーはモリエールにて

第4章 アッサム、ときどき、カモミール


ーー"Moliere"

松田が訪れたのは、先日雨宿りをしたあの喫茶店だ。
以前訪れたのは雨の日から、もう一月が経過しようとしているが、松田はあの日以来この店に訪れてはいない。それは行く気がなかったとかではなく、単純に仕事で忙しかったからである。

店の外観をしばらく眺めていた松田は、店の扉に手をかけると店内へと足を踏み入れた。

店内は休日だからだろう。先日訪れた時よりも多くの人間の姿がある。
殆どはこの近所に住んでいると思われる年配の客だが、ポツポツと若い男女の姿も見受けられる。席は満席ではないが、程よく埋まっていた。


「いらっしゃいませ。ようこそーーモリエールへ。」


店に入った松田を出迎えたのは、落ち着いた初老の男の声。
視線を向けると、白髪混じりの頭髪を綺麗にセットし、ピシッとしたシャツに濃茶のベストを着込みループタイを首元に掛けた、声色と同じ落ち着きのある紳士然とした初老の男が立っていた。
カウンターの中からにこりと穏やかな笑みを浮かべる男は、この店の店主ーー森である。

しかし、思い描いていた人物の姿はない。
てっきり今日も働いていると思っていたのだが、よく考えれば多くの飲食店はシフト制を取り入れている。必ずしも同じ人間が毎日働いているとは限らない。


「お好きな席へどうぞ。」


思わず内心でチッと舌を打った松田に、森がスッと腕を伸ばし誘導する。
ずっと入口に突っ立っているわけにもいかない。だからと言ってここまで来てなにも頼まず帰るのは、ここまで来た意味がない。

森の言葉に一瞬、先日利用したカウンター席の端をみた松田だが、少し考えた末に店内の奥にある、壁際の二人席へと腰を落ち着けた。

席に座り一息ついたところで、森がメニュー表と水の入ったグラスを手に松田の元に現れる。
グラスとメニュー表を丁寧にテーブルに置き、ご注文が決まりましたらお呼びくださいと頭を下げて離れていった。

……やっぱりねえよな。
早速メニュー表を開いて紅茶の欄に視線を走らせる松田だが、先日口にしたブランドティーの名前はない。彼女がお客に合わせてブレンドしたと言っていたのは、どうやら本当のようだ。

ならばどうしようかと暫く悩んだ末に、松田はアメリカンコーヒーとホットサンドを注文した。
/ 162ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp