第3章 意地悪なマシュマロ
男の横暴な態度に暫しぽかんと惚けていた杏奈は、ゆっくりと口を動かす。
「いるんですか?ポイントカード。通わないとただの紙クズですよ??」
モリエールで一年働く杏奈も、当然ポイントカードの存在は知っていた。初めて来店するお客には、必ず作るかどうか確認している。
それをしなかったのは、男が再びモリエールに訪れるとは、杏奈には思えなかったからだ。
何せモリエールはコーヒーにももちろん拘っているが、一番力を入れているのは紅茶。コーヒー党ーーしかも喫煙者ーーのこの男が、もう一度この店に訪れるメリットはないだろう。
従業員に有るまじき言葉で更に念を押して確認する杏奈に、男は苛立たしげにチッと舌打ちを零すと、いいから作れと言った。
作るまで立ち去る様子のない男に、じゃあ……と杏奈はレジカウンターの引き出しから、ポイントカードを取り出す。
「ーー松田陣平。」
杏奈が名前を書いてもらうためのボールペンを取ると、男は一言そう告げた。
この人の名前だよね?書けってこと??と内心首をかしげる杏奈に、男は更に言葉を続ける。
「松竹梅の"松"に、田んぼの"田"。陣地の"陣"に、平成の"平"で、松田陣平だ。」
漢字の説明をはじめた男ーー松田陣平に、やっぱ私が書けってことねと、杏奈は言われた通り松田の名前を記す。
書き終わったポイントカードを差し出すと、松田は無言でそれを受け取り眺める。名前の欄には、小ぶりな丸っこい字体で自分の名前が記されていて。角張って大きな自分の書くそれとは違う自分の名前に、松田はフッと口元を緩めた。
初めてみる馬鹿にしている色のない松田の自然な笑みに、杏奈は言葉を無くす。