第3章 意地悪なマシュマロ
訝しげに杏奈を見上げていた男は、その説明に納得してテーブルに置かれたティーセットを見た。
ごゆっくりどーぞーと自分の元を離れカウンターの中に戻る杏奈を見送り、男はティーポットを手に持ち、ティーカップへ傾ける。
ティーポットから勢いよく琥珀色の液体が注ぎ込まれる。
湯気とともに立ち昇るのは、オリエンタルな薫り。
ティーカップ一杯分の紅茶を注ぎ終えた男は、砂糖とミルクには手を付けず、そのままストレートで紅茶を飲んだ。瞬間、男は目を見開く。
そして、ホッと熱の移った息を吐き出した。
「……美味い。」
思わずと言った様子でぽろりと言葉を零した男に、密かにその様子を眺めていた杏奈はふわりと笑みを浮かべる。
コーヒーを淹れるのは壊滅的に下手くそな杏奈だが、紅茶を淹れるのはとても上手いのだ。
それは彼女が、大の紅茶党だからに他ならない。
自身が美味しい紅茶にあり着きたいがために、杏奈は試行錯誤の末に茶葉に合った水の種類、注ぐお湯の量、蒸らし時間の全てを導き出している。そしてそれを茶葉に合わせて調整する程のこだわり様。
美味しい紅茶にありつく為なら、努力を怠らない。それが杏奈という人間なのだ。
そんな彼女の紅茶を目当てにモリエールに訪れるお客は多い。
中にはわざわざ彼女を指名して紅茶を淹れてもらう者もいるほどだ。森がこの時間ーーアフタヌーンティーの時間帯ならば彼女ひとりに任せて問題ないと言ったのは、これが理由である。
男の口から初めて"美味しい"の一言を引き出し満足していると、不意に男は杏奈に声をかけた。
「この紅茶、なんか普通のやつと全然違ぇんだけど、茶葉は何使ってるんだ?」
男の言う"普通の"とは、アッサムやダージリン、アールグレイのことだ。
飲食店で提供される紅茶は、大抵がそれらである。
ダージリンは、香りが繊細なので何も加えずにストレートにアイスティーで味わうのが最適な茶葉。
アッサムは、適度な渋みとコクのある味わい、そして芳醇な香りが特徴で、こちらはミルクティーとして提供されることが多い。
そしてアールグレイは、透明感のある色合いと豊かな香りを合わせもち、ホットティーで提供されることの多い茶葉である。