第3章 意地悪なマシュマロ
お湯を茶葉の分量に適した量まで注ぐと、杏奈はすぐにふたをして、砂時計を逆さにする。
茶葉がジャンピングーーポットの中で浮き沈みする様子を眺め、杏奈は満足そうに頷いた。このジャンピングが、茶葉の美味しさを引き出す大きなポイントなのだ。
店内に流れるジャズの音色に耳を傾けながら、甘みの少ないビターチョコレートを数枚小皿に乗せて、店内に流れるジャズに耳を傾けながらのんびりと待つこと暫く。
そろそろ砂時計の中身が全て落ちそうなことを確認した杏奈は、ティーカップとセットのティーポットのお湯を茶漉しが均一に温まるよう回しかけた。
続いて砂が落ちきったのを確認して、抽出された紅茶をスプーンで軽くひと混ぜし、茶漉しで茶殻をこしながら提供用のティーポットに注ぎ込む。最後の一滴までしっかりポットの中に落とすのも忘れない。この最後の一滴は"ゴールデンドロップ"と言い、一番美味しいとされているのだ。
温めていたティーカップのお湯を捨て、水気をしっかりと切ってソーサーに乗せると、杏奈はティーポットとチョコレートの乗った小皿。それとミルクポットと共にトレンチに乗せカウンターから出る。
「失礼いたします。こちら、食後の紅茶です。」
紅茶の注ぎ込まれたティーポットとティーカップを置く杏奈に、男は驚き目を見開いた。
しかしそんな男の様子など気にも留めなず、お好みで砂糖とミルクをお使いくださいと、さっさと準備をしてカウンターの中に戻ろうとする杏奈を、男は慌てて呼び止める。
「おい。頼んでねえぞ。」
訝しげに杏奈を見上げる男。
確かに彼は紅茶を頼んでいない。杏奈が一番最初に勧めたさいも、頼んだのはコーヒーだ。
別の客と間違えてんじゃねえか?と言う男に、杏奈はしかし焦ることなく、間違ってませんよぉとのんびりと口を開く。
「当店では食後に紅茶を一杯サービスさせていただいております。」
モリエールではイギリスのアフターディナーティーの習慣にならい、食後に紅茶を一杯サービスしているのだ。
本来提供するのはティーカップ一杯分なのだが、美味しくないコーヒーのお詫びということで、特別にティーポットでの提供である。