第3章 意地悪なマシュマロ
コーヒーを淹れたサイフォンの片付けをして、再びやることがなくなった杏奈は、窓の外を眺めた。
窓から見える景色は相変わらず灰色で、窓にはポツポツと水滴が打ち付けている。しかし、先程に比べれば雨脚は弱まっているようだ。もしかしたら雨があがるかもしれない。
それにしても…てんちょー遅いなぁ……。
杏奈は買い出しに行ったきり戻ってくる気配のない森のことを思う。
もしかしたら、雨に降られて立ち往生しているのかもしれない。そうでなければ、コーヒー豆を仕入れているお店の主人と話し込んでいるのだろう。あそこのお店の主人と森は、自身の店を開く前からのコーヒー友達だ。いつもつい話し込んで買い出しが長引くことを、杏奈は知っている。
恐らく今回も後者だろうなぁと、今頃楽しいコーヒー談義に花を咲かせているであろう森のことを考えていると、カウンター席に座る男に動きがあって杏奈は意識を戻す。
スーツの内ポケットに手を入れ、ごそごそと何かを取り出そうとしている男に、あ、と杏奈は声を上げた。
「申し訳ごさいません、当店は全席禁煙となっております。」
杏奈の言葉に、スーツの内ポケットを漁っていた男の動きがピタッと止まる。
モリエールは提供するもの全てに拘っているが、紅茶には特にこだわっている。そのため、紅茶の薫りを邪魔してしまう煙草は遠慮してもらっているのだ。
杏奈の言葉に、男の眉間にグッと皺がよる。
そんな顔をされたところで決まりだからムリだよーと、杏奈が内心で零すと、それが伝わったのか男はチッと舌打ちして、水の入ったグラスに口を付けた。相変わらず顔は不満そうだが。
杏奈は男を確認すると、食器棚からティーカップとティーポット、それと抽出に使用する耐熱ガラス製のポットを取り出す。
火にかけていた薬缶から二つのポットとティーカップ其々にお湯を注ぐと、次いで棚から紅茶の茶葉の入った缶を二つ手に取った。
温めていた抽出用のポットのお湯を捨てると、杏奈はそれぞれの缶から茶葉を計り、合わせてティースプーン二杯分の茶葉を入れる。そして沸騰している薬缶のお湯を、勢いよく注ぎいれた。