第3章 意地悪なマシュマロ
「別に飲めねぇほどじゃねえし。雨宿りの対価だと思えば。」
信じられないものを見るような杏奈の視線に、男は顔を向かずに言う。
思ったよりもいい人?と杏奈が評価を改めかけると、不味いことに変わりはねえけどなと、男は口の端を釣り上げた。別にいい人ではないようだ。
憎まれ口を叩くがコーヒーを突き返す様子はない男に、まぁいいかと杏奈はカウンターの中へ戻り、サンドウィッチの準備に取り掛かる。
野菜室から予め剥がされてあるレタスを取り出し、40℃のお湯を張ったボウルに浸す。
続いて冷蔵庫の中からハムを取り出し、杏奈は片面にオリーブオイルをまんべんなく塗った。
続いて杏奈が取り出したのは、食パン。
この食パンも店長である森がこだわり、厳選したものだ。
食パンをナイフでカットした杏奈は、食パンに辛子マヨネーズを塗り、その上に粗挽きの胡椒を振りかける。
下準備の整ったパンに、スライスチーズと先程オリーブオイルを塗ったハムを乗せた。
続いてお湯に浸していたレタスを取り上げ、キッチンペーパーで軽く水気を切ったら、千切って数枚重ねてそれをハムの上に乗せる。
更にハムとレタスを重ね、最後に食パンで挟む。
対角線上に四等分し三角形にカットしたら、具材の断面が綺麗に見えるように盛り付けて、出来上がり。
「お待たせいたしましたぁ。サンドウィッチです。」
杏奈はサンドウィッチの盛り付けられたお皿を、男の前に置く。
何やら携帯を弄っていた男は、杏奈の声に顔を上げる。
目の前にあるサンドウィッチの盛り付けられた皿をみた男は、訝しげな表情を浮かべてそれを一つ手に取った。コーヒーと同じく、サンドウィッチも酷い出来なのではないかと疑っているのだ。
警戒しつつサンドウィッチを口にした男は、噛み切ったそれを数回咀嚼して嚥下した。
「……サンドイッチは普通だな。」
どこか安心したような男の様子に、警戒するほどコーヒーが美味しくなかったんだなと、劇物を提供しておきながら杏奈は他人事のように思った。
まぁサンドイッチを不味く作るほうが難しいかと、口の端を釣り上げて男は再びサンドウィッチに口を付ける。
杏奈は、この人は憎まれ口を叩かないと死ぬのかもしれない、と失礼なことを考えたのだった。