第3章 意地悪なマシュマロ
ロートの底から順に、泡、コーヒー粉、液体の層ができていることを確認して、砂時計をセットして一分ほど放置。
コーヒーが抽出されるのを待つために杏奈が顔を上げると、バチっとカウンター席に腰掛ける男と視線が合った。
どうやら注文したものが出来上がるのを待つあいだ、作業をする杏奈の様子を観察していたようだ。
「………?」
自分に向けられた視線に、杏奈は反射的に首を傾げる。
しかし男は何も言わず、ふいっと視線を逸らしてしまった。本当にただ何となく見ていただけなのだろう。
そんな視線だけのやり取りをしている間に、砂時計の砂が落ちきった。杏奈はアルコールランプの上からサイフォンを外して火を消す。
ここで二度目の攪拌。一番大事な工程だ。それはもう、この工程でコーヒーの味が天と地ほど変わると言われるほどに。
木ベラでロートの中を軽く攪拌すると、ロートの中の抽出されたコーヒーが管を伝いフラスコの中へ落ちていく。
ロートの中身が完全に落ちきったのを確認したら、ロートを取り外して予めお湯を張って温めておいたコーヒーカップの中身を捨ててコーヒーを注いで完成だ。
「お先にこちら、ご注文のホットコーヒーですー。」
杏奈はコーヒーの注がれたカップを、男の前に置いた。
男は無言でそれを手に取り、早速口に運ぶ。コーヒーカップを口につけ傾けた。
「……マジで不味いな。」
コーヒーカップから口を離した男は、そう言ってグッと眉間に皺を寄せ口を歪めた。
そんな男の反応を見た杏奈は、やっぱりと口の中で言葉を転がした。
杏奈の淹れたコーヒーは、はっきり言って美味しくない。
苦味とエグ味が酷いのだ。それはもう、森にコーヒーを淹れるのだけは止められる程に。
豆の量も、工程手順も、抽出する時間も森に教えられた通りにやっているのに、何故かいつも酷い味になる。恐らく攪拌の仕方が悪いのだろう。
だから美味しくないって言ったのにと内心で零しつつ、申し訳ありませんと杏奈は頭を下げた。
男はそれを見ると、何を思ったのか再びコーヒーカップに口を付ける。
杏奈はカップを傾ける男を、思わず凝視してしまう。
自分の淹れるコーヒーが酷いものだと、はっきりと自覚しているからだ。