第3章 意地悪なマシュマロ
紅茶を注文されなかったのは少し残念だが、本人が美味しくなくてもいいと言うならば、問題はないだろう。杏奈は男の手からメニュー表を回収すると、コーヒーを提供するタイミングだけ確認を取り、カウンターの中に戻る。
キッチンに向き合った杏奈は、早速コーヒーを淹れる準備に取り掛かる。
カウンターに並ぶサイフォンの下部ーーフラスコに水を入れて、火をつけたアルコールランプの上にセットしておく。火加減は弱すぎるくらいで丁度良い。
お湯が沸くのを待つあいだに、その他の準備を進める。
杏奈は棚に陳列されたコーヒー豆の入った瓶の中から"アメリカン"と書かれたラベルのものを手に取った。
男がブレンドコーヒーと口にしなかったことに、杏奈は密かに安堵していた。ブランドコーヒーはその名の通り、複数の豆を混ぜて淹れるもの。ただでさえ森のようなコーヒーが淹れられないのに、豆の配合までしなければならないのだ。正直、ブレンドコーヒーを頼まれたら、杏奈は注文拒否をするつもりだった。
杏奈は手に取った瓶から豆を掬うと、コーヒーミルに入れる。モリエールではひきたての豆を使うのだ。
瓶を元の場所に戻して、ハンドルを回してゴリゴリと豆をひいていく。
しばらくして完全に豆が引き終わったことを確認して、引き終わった豆を別の容器に取り出して次の手順へ。
円形の穴の空いた濾過器に、同じく円形のフィルターーーネルフィルターをセット。紐を絞って結び、結目を内側に入れ込みしっかりとセットされたことを確認。
続いてサイフォンの上部ーーロートに濾過器を取り付ける。
ロートの管の先端部分に濾過器の先についているチェーンーースプリングの留め金を引っ掛け、フィルターがロートの中心からズレないよう、木べらで調整した。
お湯が沸いていることを、ロートの先端から垂れているチェーンを垂らして確認する。
うん。ちゃんと沸騰してるねー。
ボールチェーンを伝ってフラスコの底からボコボコと気泡が上がってきているのを見て、杏奈はロートに引き立てのコーヒーの粉を入れ、フラスコにゆっくりと差し込んだ。
ロートの先端部の管を伝ってお湯が上ってきたら、コーヒーの粉を木べらを使って攪拌させる。お湯に馴染ませ抽出を促す大事な工程だ。数回円を描くように、浮いてくる粉を軽く解す。