第13章 ふわりとほどけるババロア
ぶっきらぼうなその背中が路地に消えて見えなくなるまで見送って、杏奈は自宅へと入った。
帰宅して制服から部屋着に着替えた杏奈は、改めて自分の携帯のアドレス帳を開く。
スクロールして現れた"松田陣平"の文字。
確かに記されたその文字に、杏奈の頬は自然とゆるみ、口元が弧を描く。
杏奈はしばし考えてから、カコカコと携帯を操作する。
松田とは違うのんびりとした、彼女らしい速度で動く指。
しばらくして動きを止めた杏奈は、画面に表示された“送信完了”の文字に満足そうに微笑んで携帯をテーブルの上に置いた。
お風呂に入る準備をしようと、杏奈は立ちあがる。
しかしそんな彼女を呼び止めるかのように、携帯が短く一鳴きして。置いたばかりの携帯を手に取り、画面を確認した杏奈は、そこに記された文字にふわりと微笑んだ。
"From:松田陣平"
"おやすみ"
連絡先を教えるならば早いほうがいいと、自分の連絡先と短い一言を添えて杏奈は松田にメールを送った。
その返信は、速度に見合った短いもの。
句読点も何もないそっけない一文。
少ないながらも顔文字や絵文字を使って、工夫してくれる萩原とは大違いのそれ。
しかし、それが松田らしくて杏奈の顔には自然と笑みが浮かぶ。
しばし考えて、杏奈は返信はせずに、そのメールを保護した。
改めてその短い一文を見て、携帯を閉じた杏奈は、今度こそ入浴の準備をして部屋を出る。その足取りは軽やかに弾んでいた。
・
・
・
杏奈を自宅まで送り届けた松田は、ひとり駅までの道を歩きながらタバコを吹かしていた。
肺に吸い込んだ紫煙を吐き出すと、胸に生まれた動揺も一緒に抜けていくようで。もうすっかり落ち着いた心臓の鼓動に、松田は知らず知らず安心していた。
ゆらゆらと夜空に昇っていく紫煙を目で追っていると、不意にポケットの中の携帯が震える。
一体誰だと画面を確認すると、そこに記されていたのは登録されていないアドレスで。
もしやと思い、松田はすぐに知らないアドレスから届いたそれを開く。