第13章 ふわりとほどけるババロア
最近の近況やらなにやら穏やかに会話を重ねていく二人。微かに虫の音がきこえる静かな夜道に、ふたりの楽しそうな声と軽やかな足音が響く。
モリエールで顔を合わせている杏奈と松田だが、ゆっくりと会話をするのは久しぶりのことで。誰にも邪魔されないふたりきりの時間に、自然とふたりとも言葉が次々と口から溢れてくる。松田は改めて、杏奈との時間の心地よさを実感した。
しかし楽しい時間はあっという間に過ぎ去るもの。
杏奈の自宅の前に到着してしまい、杏奈は名残惜しい気持ちを押さえつけて、別れの言葉を口にすべく松田に向き直った。
「何かいろいろと、ありがとーございましたぁ。」
ぺこーと腰を曲げる杏奈に、松田は本当になと溜息まじりに口にする。そんな彼の様子に、杏奈はへらへらと口を開いた。
「松田さんので懲りたので、今度からは気を付けまーす。」
ぴしーと敬礼する杏奈だが、その雰囲気は相変わらずゆるゆるで。本当に大丈夫かよと、松田は思わず訝し気な視線を向けてしまう。
疑わし気な松田の様子に、信用ないなぁと内心で苦笑をこぼして杏奈は彼を安心させようと言葉を紡いだ。
「もし万が一、危なそうだったらそのときはちゃんと刑事さんに連絡しますよー。萩原さんもいますし。」
萩原とはふたりで出かける機会があるため、連絡先を交換している。万が一のときには、頼ってもいいだろう。優しい萩原のことだ。力になってくれるに違いない。
安心しきった顔をする杏奈。それを見て松田の頭に蘇るのは、杏奈とのデート終わりに自分の自宅を訪ねてきた萩原の言葉。
萩原は信用に足る人物だ。それは友人であり相棒として長年ともにいる松田自身が一番よく理解している。
それなのに、松田の胸に渦巻くのは、黒く重たい靄だった。
「携帯貸せ。」
「へ?」
「いいから貸せ。」
有無を言わせぬ様子で片手を差し出す松田に、杏奈は首をかしげつつも携帯を手渡した。
無駄な装飾品のついていない、飾り気のない形態を受け取った松田は、慣れた手つきでそれを操作する。
スラスラとよどみなく動くその指に杏奈が見惚れているあいだに、操作を終わらせて松田はすぐにそれを返した。