第13章 ふわりとほどけるババロア
「しょーがないから、許してあげます!」
へらりと微笑む杏奈の目元はなみだで濡れ赤らんでいて、途端に松田の心臓がそわそわと落ち着かなくなる。
えへへと嬉しそうにハニカム杏奈の顔を見ていると、そわそわしていた心臓が、ドキドキと脈打って。
松田はこれ以上はダメだと、満足した様子の杏奈の頭から手をおろす。
名残惜しいと感じてしまった心には気づかないふりで、松田は杏奈を壁に押し付けた歳に落としてしまった、彼女のスクールバックを拾い上げた。
「満足したなら行くぞ。送ってやる。」
秋の空は暮れるのも早い。気づけばすっかり空は濃紺色のベールで覆われ、存在を主張する月とその明かりを借りたように慎ましやかに輝く星が浮かんでいる。
杏奈の腕を引きながら、松田は自然と彼女の家までの道のりを歩いていた。もうここまで来てしまったら、送ってしまったほうが、松田としても安心だ。
ほらよとスクールバックを差し出す松田に、杏奈は笑顔で歩み寄り、スクールバックを肩にかけると、そのまま松田の隣に並ぶ。
杏奈が横にきたことを確認して、松田は歩き始めた。
こうして二人で帰路を辿るのは、本当に久しぶりのことで。しかし杏奈の醸し出す雰囲気は相変わらず穏やかで、先ほどまでの刺々しい雰囲気など嘘のように、松田のまとう空気も自然と穏やかなものになる。
「松田さんは今日もお仕事だったんですか?」
「まぁ。せっかくだしモリエール寄ろうとしてたところで、お前を見つけたんだよ。」
自分を見上げてくる杏奈に、松田は答える。
モリエールには行けなかったが、途中で杏奈を捕まえられたのはよかった。
申し訳なさそうに眉を下げて自分を見上げる杏奈に、松田は口をひらく。
「今度いったとき、紅茶淹れろ。それで今回のはチャラにしてやる。」
こつんと頭を小突く松田。
そのぶっきらぼうで不器用な優しさに、杏奈は小突かれた場所を抑え、サービスさせていただきまーすとへらりと微笑んだ。
それに松田も小さく笑んで、二人は帰路を歩く。