第13章 ふわりとほどけるババロア
「担当さんから連絡あったわよ!締め切り明日なのに連絡ないって、電話口で泣いてたんだから!」
男ーー工藤優作は、主にミステリー小説を手掛ける作家であり、闇の男爵シリーズの作者である。
そして男に話しかける女性こそ、彼の人生の伴侶であり、闇の男爵シリーズのヒロインのモデル、元人気女優ーー工藤有希子その人であった。
ちゃんと書き終わってるんでしょうね?とジト目で自分を見下ろす有希子に、優作は私が原稿を落とすなんてありえないだろと微笑んで立ちあがる。
よく執筆作業中に行方を眩ませる優作だが、彼が締め切りに間に合わなかったことは一度としてない。だったら早く送ってあげるなり、電話の一本でもいれて安心させてあげればいいのにと、有希子は呆れてしまう。
「それに、素敵なお嬢さんとであってね。むしろ今は書きたくて仕方がないんだ。」
自分の書いた作品を読んでいた少女に興味を引かれて話しかけた。
一見ぼけっとして見えて、しかし実際は驚くほど鋭い観察眼と洞察力をもつ少女で。
なかなか面白い少女に刺激され、新しい構想が浮かび早く原稿におこしたくて仕方がない。
「私が編集さん宥めてる最中に、あなたは可愛い女の子とお話ししてたのね?」
そうだったのね~と、ジト目で見上げてくる有希子。結婚して十数年、変わらずヤキモチを妬く姿が愛しくて仕方がない。
優作はへそを曲げてしまった彼女の腰を優しく抱き寄せる。
「きみ以上に素敵な女性なんて会ったこともないし、これから先もないよ。私にとってはね。」
パチンと片目を閉じる優作に、もう!優ちゃんたらと頬を膨らませながらも、有希子はまんざらでもなさそうだ。
「さて。そろそろ帰ろうか。担当さんにも原稿を送ってあげなくてはね。」
にこりと微笑んで、優作は有希子の腰を抱いたまま歩き出す。有希子も優作の腕をはがすことなく、むしろ身を寄せた。
二人がより添って帰路についたその後、次回作でナイトバロンと語らう不思議な少女が登場するのだが。それはまた別のお話。