第13章 ふわりとほどけるババロア
「それと、目の動きですかねー。」
男がヒロインのことを愛らしいと言ったとき、彼の視線は左上に動いたあとに左下に向いた。これは人が過去のことを想像したときに見られる動きで、ヒロインと誰かを重ねているのだろうと杏奈は視線の動きから、そう感じ取ったのだ。
「ハハハハハっ!」
杏奈の説明に、男は笑い始めた。
突然、笑い出した男にびっくりして杏奈は身を引く。なにか失礼なことを言ってしまっただろうかと、気を悪くしたならすみませんと、杏奈は頭をさげた。
過去に何度かこれが原因で人に不快な思いをさせてしまったことが、杏奈にはあった。
よく気が付くあまり、その人が隠していきたいことまで、彼女は読み解いてしまう。
杏奈自身も気を付けているつもりなのだが、ぽろりと零れてしまうものは仕方がない。
謝る杏奈に、男はこちらこそ失礼と謝る。
「いやなに。実に良い目を持っていると、感心してしまってね。シャーロックホームズを目指している息子に、見習わせたいくらいだ。」
クスクスと楽しそうに笑う男。
そんなことを言われたのは初めてで、杏奈はありがとうございます?と首をかしげつつお礼を告げた。
そんな彼女に男もにこりと微笑み返す。
「息子さんもミステリー好きなんですねー。」
「はい。シャーロキアンでね、将来はホームズのような探偵になるのが夢とかで、よく自分の推理を披露してるんだよ。」
私にはまだまだ及ばんがねと、ぱちんとウィンクを飛ばす男。紳士然とした男はウィンクする姿もスマートで、思わず杏奈は笑ってしまった。
「そういえば、君はその作家のサイン会には行かないのかい?」
闇の男爵シリーズの作者は、数年前からサイン会などを行なっている。しかし杏奈はタイミングがなかなか合わずに、一度も行ったことはない。
「そうか、道理で……。」
ふるふると首を横にふる杏奈に、男は顎先に手をあてて小さく呟いた。しかしその呟きはあまりにも小さく、杏奈の耳には届かずに彼女は首を傾げる。
そんな杏奈の様子に、男はにこりと微笑んだ。