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アフタヌーンティーはモリエールにて

第13章 ふわりとほどけるババロア


すっかり過ごしやすくなってきた十月の午後。
徐々に日が傾き、空の向こうから藍色のベールがかかりはじめている。

元気にはしゃぎ回っていた子供たちも、それぞれ大好きな家族の待つ温かな家へもどり、嘘のように静かになった公園。
その脇に設置されたベンチに腰掛け、杏奈は一心不乱に活字を追っていた。

肌をジリジリと焼くような日差しも、うだるような空気もすっかり落ち着いたこの季節。外で読書をするのが杏奈の日課となっていた。スポーツの秋、芸術の秋、食欲の秋などと言われる季節だが、彼女の場合は専ら読書の秋である。

珍しくバイトが休みだった杏奈は、図書館で受験生らしく勉強をして、そのまま息抜きにと公園で読書をはじめたのだ。
しかし一度、本の世界に没入するとなかなか帰ってこれない杏奈。辺りが暗くなりはじめ、人の姿もまばらになっていることにすら、彼女は気づいていない。

次の頁を目指し一心不乱に活字を追う杏奈に、ゆっくりと忍び寄る影があることにも、もちろん彼女は気づかない。


「こんばんわ、お嬢さん。」


ゆっくりと杏奈に忍び寄った影は、彼女の正面に立つと、手元に視線を落とす彼女にそう声をかけた。
しかし本の世界に没入している杏奈は、自分にかけられたその声にすら気づかない。

一向に反応のない彼女の様子に、相当集中していることに気づいた相手は、困ったように相貌を崩すと、そのまま杏奈の隣に腰をおろした。

しかし杏奈に話しかける機会を逃したのか、相手は隣に座ったものの何も言わず、ただ穏やかな表情で日暮れの公園の景色を眺めている。

日暮れの街灯の光が照らす公園には、二人以外に人の姿はなく、静かな虫の音と、時おり風に吹かれた草木がさわさわと揺られる音がするだけ。

そんな穏やかな時間がどれだけ過ぎただろう。
集中力が切れたのか、キリのいいところまで読み終わったのか。不意に杏奈が本を閉じて顔をあげる。

辺りがすっかり暗くなっていることに気づいて、彼女は腕時計で時間を確認して、わずかに目を見開いた。


「うわ~…、やってしまったぁ。」


思ったよりも長居してしまったことに気づいた杏奈の口から、思わずそんな言葉が零れる。それに反応したのは、隣に座る人間で。
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