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アフタヌーンティーはモリエールにて

第12章 魔法の言葉はXYZ


《ーー期待している》


たった一言。しかしそれは絶大な威力を以って風見に響いた。
優秀で尊敬する上司から、信頼を言葉にされて気持ちが昂ぶらないわけがない。湧き上がるやる気に、はい!と風見は大きく返事をした。

電話口でフッと息を漏らし、頼んだぞと電話を切ろうとする上司を、風見が呼び止める。


「仕事がひと段落したら、一緒に喫茶店に行きませんか?」


風見はスーツのポケットに触れる。
そこには少女からもらった、彼女のバイト先である喫茶店のクーポン券がある。

風見の上司は忙しい身だ。一体いつ休んでいるのか不思議なくらいに。
風見ひとりの方が、早く彼女との再会の約束を果たせるだろう。
しかし少女は件の上司に興味を持ち、会うのを楽しみにしている様子だった。出来ることならば、上司に合わせてあげたい。

何より、風見自身が何処となく似たふたりが対話をする姿を見てみたいと、そう思っていた。

しかし電話から流れるのは沈黙。
忙しい身の彼が簡単に約束などできるわけがない。即座に自分の身勝手さに気付いた風見は、ハッとして慌てて口を開く。


「いや!あのっ、もちろん無理にとはーー」
《そうだな》


風見が全て言い終わる前に、短く上司がそう告げた。
まさか了承の言葉をもらえるとは思っていなかった風見が、え?と小さく声を漏らすと、クスリと電話口で空気が揺れる。


《せっかくの誘いだ》
《それに…お前の気分転換に付き合ってくれた礼もしたいからな》


一言も少女のことを話していないにもかかわらず、気分転換に付き合ってくれた相手が働く店だと言い当てた上司に、風見は驚愕を顔に浮かべ言葉もなく驚いた。

風見は気付いていないが、いい気分転換ができたと言ったときと、上司を誘ったときの彼の声音は、同じ穏やかな音だったのだ。
その僅かな声の変化と、話の流れから、上司は風見の気分を回復させてくれた相手がそこで働いているのだと、見事に言い当てた。
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