第12章 魔法の言葉はXYZ
へらりと微笑む少女に微笑み返した男だが、直ぐにぐっと眉間を寄せて表情を厳しくした。
「しかし、見ず知らずの男の話にはあまり付き合わない方がいい。君をどうにかしようと考える不審者かもしれないからな。」
この街は多くの人間が集まる。優しい人間もいれば、そうでない人間も。いつ犯罪に巻き込まれるか分からない。
この穏やかな少女が悲しい目に遭わないようにと、今更ながら苦言を呈する男に、しかし少女はへらりと笑った。
「大丈夫ですよー。こう見えて、人を見る目はあるのでー。」
観察眼と洞察力に優れる少女。たしかに余程ツラの皮が厚い人間でない限り、その人間の本質を見極めることができるだろう。
しかし狡猾な犯罪者は多く存在するのだ。警戒は強すぎるくらいで丁度いい。
男は眉を吊り上げ口をひらくが、それに…と少女の声がそれを遮る。
「いざとなったら、知り合いのお兄さんたちに助けてもらうのでー。」
そこら辺の一般人より確実に強いのでーと、へらりと笑う少女に危機感や緊張感は微塵もない。
その"知り合いのお兄さん"たちが余程腕の立つ人間なのか。しかしそれにしても余りにも緊張感のない少女に、男は呆れてしまう。
「だとしても……少しは警戒心を身につけた方が君の身のためだ。」
カチャリと眼鏡を直す男に、はーいと手をあげる少女。どこまでも緊張感がない。いや。これは彼女の常なのだろう。
これ以上なにを言ったところで、少女は変わらない。何より、ここまで話に付き合わせてしまった手前、自分が何をいっても説得力もないだろう。
男は言いたい言葉を全て飲み込んで、懐から財布を取り出した。
少女が買ってきてくれたスポーツ飲料の代金を返そうと、小銭を差し出す。しかし少女はそれを受け取ろうとはしない。
「お兄さんの体調が良くなったなら、それでいいんでーす。」
へらりと微笑んでそう言う少女だが、さすがに年下の少女に奢られるのは、男の矜持が許さない。
いやしかし…と尚も言い募る男に、じゃあ…と少女は言葉を紡ぐ。
「今度バイト先に紅茶飲みにきてください。宜しければ、その年下の上司さんも一緒に!」
お話したいですーとへらりと微笑みながら、少女は制服のポケットの中からクーポン券を男に差し出した。