第12章 魔法の言葉はXYZ
「お兄さん、ちゃんと休めてますかー?」
クマ、できでますよー。
言いながら少女は自分の目元を指差す。
男の目の下にはくっきりとまではいかないが、一目見てわかる程度には濃いクマが鎮座していた。注意して見れば、肌も荒れて唇もカサつき、寝不足であることが容易にわかる。
「外回り系っぽいですけど、お仕事そんなに大変なんですかー?」
「……なぜ…、外回りの仕事だと?」
少女の言葉に男は驚いたように、メガネの奥の瞳を僅かに大きくした。
ピシッとしたスーツや男の纏う知的な雰囲気から、大抵の人間は外回りなど肉体労働系の仕事ではなく、机に座りパソコンと日がな向き合っているようなデスクワークが主だった仕事だと思うだろう。
しかし少女は迷うことなく、外回りをする肉体労働系の仕事に就いていると口にした。
男の疑問に少女はきょとんと瞳を丸くする。
「一日中パソコンに向き合ってるにしては、お兄さん身体がガッチリしてますしー、それに……靴。」
少女が指差す先、自分の足元をつられて男も見下ろす。
「あまり買ってから日が経っていないようなのに、靴底の減りが激しいし、日焼けとシワも見られます。日頃からよく歩いてないと、こうはなりませんよー。」
少女の言う通り、男の履いている靴はわりと最近買い換えたものだ。しかし靴底の減りはまだしも、日焼けやシワの跡は一目見ただけではわからない程度のもの。
男はへらりと微笑む目の前の少女に驚き眼を見張ると、目元を掌でおおい隠して俯いた。
また体調が悪くなってしまっただろうかと心配する少女の横で、男の肩が震える。男は笑っていた。
クスクスと漏れる笑いに、何か可笑しなことを言っただろうかと首をかしげる少女に、すまないと男は笑い混じりの震え声で謝る。
「いや。君が私の仕事の上司と、似ていて…つい。」
男の上司も少女と同じく、普通の人ならば気にも留めない僅かなことに、よく気がつく男だった。それこそ超能力者ように、常人には見えない何かがはっきりと見えているかのように、何でも言い当てる。
更にその上司は年下であり、それが余計に目の前の少女と被ってしまって、彼のほかにもこんな人間がいるんだなと、そんな当たり前のことを思った自分に、笑えてきてしまったのだ。