第3章 意地悪なマシュマロ
GWが過ぎ去りすっかり暖かくなった今日この頃。
連日最高気温を更新し、街中には半袖や日傘の姿も目立ってきた。
梅雨を追い越して夏がきたなんて思っていたのだが、ここ数日は雨模様が増えてきた。今日は曇り空だが、もしかしたら夕方に一雨くるかもしれない。
「アンさん、私は買い出しにいくのでお留守番よろしくお願いします。」
今日も今日とてアルバイトに励んでいた杏奈は、店長である森の言葉に各テーブルに置いてある、ペーパーナプキンを補充していた手を止めた。
「買い出しなら私が行きますよぉ。私、美味しいコーヒー淹れられないですし。」
コーヒーを淹れるだけならば簡単だ。しかし美味しく淹れるのはわけが違う。森のように薫り高く、深みのある最高の一杯を淹れることは、まだ杏奈にはできない。そもそも杏奈は基本的にはホールスタッフで、カウンターの中に入ることは、あまり多くはない。
森のコーヒーを目当てに訪れる客も多いことを、杏奈も理解している。そんな人たちに、自分のコーヒーを出すのは忍びない。
モップを片付けて前掛けを外そうとする杏奈に、いいえと森は穏やかに首を振る。
「豆を買い足したいんですよ。それに今はアフタヌーンティーですから。」
モリエールで使っているコーヒー豆は、全て森がこだわって選び抜いたもの。そう言われてしまえば、杏奈は引き下がる他ない。
それに、この時間帯はアフタヌーンティー。この時間帯限定メニューを目当てにくるお客も多いため、わざわざコーヒーを注文するお客は少ない。現に今ポツポツといる常連客も、みんな飲んでいるのは紅茶だ。
私がいない間にお客様がきたら宜しくお願いしますねと、穏やかに微笑んで店の玄関から出て行く森を、いってらっしゃい〜と杏奈はヒラヒラと手を振り見送った。
森の姿を見送った杏奈は、カウンターの中に入る。
今は常連客がポツポツといるだけで、その常連客も小説を手に本の世界に没入している模様。カップの中身も減りが少なく、床拭きが終わった今、特にするべきことは見当たらない。
杏奈はカウンターの中にある従業員用の椅子に腰掛け、店内の様子を見ながらのんびりと過ごすことにした。