第2章 サルミアッキに魅せられて
「アンさんのお陰で、こうして楽しんでくれるお客様もいらっしゃいます。ですから、程々に。」
杏奈がモリエールで働くようになってから、以前にくらべ推理小説やミステリー小説好きのお客が増えた。小説片手に過ごす人が目に見えて増えたのだ。
杏奈が自宅から持参した小説のコレクションの一部を、店内の本棚に置いて自由に貸し出していることも、その要因の一つではあるのだが。
今では推理ものやミステリー談義をするために、来店するお客が少なくはないことを、森は把握している。先に記述した、一部のマニアックな客層とは彼らのことだ。
そしてその大半が、杏奈とこうして作品談義に花を咲かせることを楽しみにしていることも。
杏奈は既にモリエールの大切な従業員で一員であり、そしてこのお店を構成する大切な一部なのだ。
だからつい甘いことを言ってしまう。
「いつかアンさんの作品を、私にも読ませてくださいね。」
朗らかに微笑む森に、常連の二人も優しい笑みを浮かべる。
三人の優しい眼差しを受けた杏奈は、はい!と照れ臭そうにハニカミ、眉上で切り揃えられた短い前髪を指先で撫でたのだった。
その可愛らしい笑みを見て、彼女が楽しく会話できるお客が、一人でも増えればいいと、森は穏やかに微笑みながら思う。
その機会は、森が想像するよりもずっと早く訪れる。
そしてその出会いが、杏奈と彼女に関わる人々の未来を、大きく変えることになるのだが。
森はもちろん、杏奈自身や彼らですら、そんな未来が訪れることを、想像だにしていなかったのだった。
ーー サルミアッキに魅せられて ーー