第3章 意地悪なマシュマロ
時折お客のカップの中身やテーブルの上の様子を見ながら仕事をすること暫く。
ぽつぽつと窓を打つ音に視線を向けると、窓には水滴が付いている。視線を窓の外へ投げると、ぱらぱらと空から雨粒が降ってきているのが見て取れた。どうやら一雨きたようだ。
まだ雨脚は早くないが、強くなるかもしれない。
杏奈は常連客たちに一声かけると、ドアの脇に置いてある先にハンドルの付いた長い棒を手に外にでる。この棒はサンブレロを操作するためのものだ。
ハンドルを取り付けてクルクルと回すと、玄関の上からサンブレロが現れる。杏奈は自分が濡れてしまわないためにも、一心不乱にクルクル回す。
直にサンブレロが全て出て屋根ができたことを確認し、杏奈は器具を取り外した。
傘立ても用意しなくちゃと店内に戻ろうとした杏奈だが、不意に人の気配をとなりに感じて顔を上げる。
するとそこには、もさもさとした癖のある濃い茶色の頭髪に、サングラスをかけたスーツ姿の男性が立っていた。
僅かに息が乱れていることと、彼のスーツの肩口が濡れていることから、恐らく雨から流れてこの軒先に駆け込んできたのだろう。
杏奈の視線を感じたのか、男が不意に彼女を見て二人の視線が交わった。
「アンタ、この店の人か?」
従業員制服を身に纏う杏奈の姿を見て、そう判断したのだろう。
杏奈はこくりと頷く。
「悪いが暫くここで雨宿りさせてもらうぜ。」
男はそう言うと、急に降ってきやがってと雨粒を零す灰色の空に舌打ちを零した。天気予報では一日中曇りの予定だったから、傘を持っていなかったのだろう。いや、よく見ると男は鞄すら持っていないようだが。
先程のように確認するわけでもなく、有無を言わせぬ口調でそう告げる男に、杏奈は暫し宙に視線を向けてから、あのぉ〜と声を掛けた。