第11章 差し出されたラムコーク
「だとしても……、アイツがお前と付き合うとは限らねぇだろ。前にフラれてたじゃねぇか。」
溜息まじりに松田は言う。
以前、萩原は本気でないにせよ、杏奈に"萩原さんとは付き合いませんよ"と、はっきりと断られていた。
幾ら萩原が杏奈のことを想ったとして、彼女がそれに応えてくれなければ、意味がない。そう言う松田に、萩原はそれこそ関係ないねと笑った。
「想うだけなら自由だろ。それにもし断られたとしても、それで杏奈ちゃんのことを想った時間が無駄になるわけじゃあない。」
気持ちが受け入れられなかったとしても、それを後悔することはない。自分が想っているからと云って、必ずしも相手がそれに応えてくれるわけではないことなど、萩原も理解している。
自分の気持ちが受け入れられなかったとして、悔やむことはもちろん、杏奈のことを恨むことも決してない。
萩原は笑みを浮かべたまま、それに…と言葉をつづけた。
「これから先どうなるかなんて、誰にもわからないだろ。」
人の気持ちとは良くも悪くも移り変わるもの。今は受け入れられなくとも、これから先もずっとそうとは限らない。もちろん、杏奈に自分の気持ちを受け入れてもらえるよう、萩原自身もその努力は怠らないつもりだ。
行動しないことには、なにも変わらない。変えられない。
曇りも揺らぎもなく、どこか自信たっぷりに話す萩原に、松田は眉間のシワを深くし、視線を彷徨わせる。反論する言葉を探すが、見つからない。そんな様子だ。
松田の様子に、まぁそういうことだから…と、萩原はにこっりと笑みを深めた。
「松田がむやみやたらに杏奈ちゃんに触らないのは、俺としても有難いっちゃあ有難いんだけど。あんまり悲しませるなよぉ。」
好きな子の寂しい顔は見たくないからねぇと笑って、萩原は缶ビールの残りを一気に煽った。
何も言わずじっと、半ば自分を睨みつけるように見ている松田を無視して、萩原は立ちあがる。
「じゃあ、俺そろそろ寝るわ。明日出勤だし。」
風呂は明日の朝入るからよろしくと言い残して、萩原は空き缶を軽く濯いで水切りかごに伏せると、ひらひらと手を振ってリビングを後にした。