第11章 差し出されたラムコーク
「たしかに、俺たちと比べたら、まだまだ子供なのかもしれない。」
アルバイトはしていても、厳しく過酷な現場に日夜身を投じている萩原や松田と比べてしまえば、まだまだ社会経験は乏しくて。大人の庇護下にある、ひとりでは生きていけない子供だろう。
だがそれは、杏奈の表面でしかない。
でも…と萩原は落としていた視線を、ゆっくりと松田に向けた。
「お前が思ってるより、杏奈ちゃんは子供じゃないよ。」
周囲のことを見回し、気遣いができて、デートに行った際には男性をたてることもできる。杏奈は着実に大人の女性への階段を昇っている。子ども扱いするのは簡単だが、それは彼女に失礼だ。
萩原の言葉に松田も思うところがあるのか、彼は反論することなく沈黙している。少なくともそこは認めつつあるのかと、萩原はふっと口元をゆるめた。
「ぐずぐずしてると、横からあっという間に掻っ攫われるぞ。例えば……俺とか、な。」
にやりと口元を釣り上げる萩原を、松田は鳩が豆鉄砲を食ったような表情でみる。
間抜け面!と笑う萩原に、松田はグッと眉根を寄せた。
「お前、わかってんのか。」
攻めるような、厳しい声音でそう問う松田に、しかし萩原の態度は変わらない。
「それは杏奈ちゃんが未成年ってこと?」
首をかしげた萩原に、わかってんじゃねぇかと松田は言う。
未成年の杏奈と付き合うということは、法律に引っかかる行為だ。本人たちが幾ら互いを想っていようと、その他大勢には関係ない。間違った関係だと言われてしまう。
後ろ指を刺されることはもちろん、警察機関に身を置く萩原は、信用と同時に職を失うことだって十分にありえるのだ。
松田の厳しい視線を、萩原は真正面から受け止める。
「関係ないよ、年齢なんて。杏奈ちゃんが成人するまで待てばいい。俺は彼女が気持ちに応えてくれるなら、何年でも待てるさ。」
今、未成年である杏奈と交際するのが問題なのであれば、彼女が成人して法的にも大人であると認められてから、交際すればいいだけの話。
杏奈が未成年だからと云って、それは彼女を諦める理由にも、好きにならない理由にもならないのだ。
揺らぐことなく真っ直ぐな言葉と瞳を向ける萩原に、缶ビールを握る松田の手に、僅かに力がこもる。