第10章 チャイの香りと共に飲み込んで
あまり見ることのできない、杏奈の年相応の女の子らしいその表情に、萩原はこのプレゼントにして正解だったと、密かに胸を撫で下ろした。
「杏奈ちゃん、バイトに勉強に頑張ってるから、バスタイムくらいはリラックスできたらって思ってね。」
杏奈は高校三年生。つまり大学入試を控えている受験生だ。
ここ最近は、バイト中に単語帳を確認したり、バイト終わりにお気に入りの席でテキストを開く杏奈の姿を、よく目にするようになっていた。
受験勉強で忙しいはずなのに、ほぼ毎日のようにモリエールで働く杏奈をみて、萩原は彼女の疲れがすこしでも癒されるようにと、このプレゼントを選んだのだ。
「ありがとーございます。大事に使いますねぇ。」
ふへへと嬉しそうにはにかむ杏奈をみて、萩原もうれしそうに微笑んだ。
プレゼントも受け取り、いつまでも車をこの場所に停めているわけにもいかないだろうと、杏奈は今度こそ車を降りる。
わざわざ見送りのためだけに車を降りてくれた萩原に向かい合い、おやすみなさいと告げると、頭に優しいぬくもり。
杏奈が顔をあげると、やさしい眼差しとぶつかった。
「……無理だけはしないでね。」
やさしい眼差しでみつめたまま、萩原の手がやさしく杏奈の小さな頭の上を行き来する。
あまりにも甘やかに自分をみる萩原に、杏奈は何も言えずに、ただじっと自分をみつめる男のことを見上げていた。
頭を撫でていた萩原の手が、スルリと輪郭を辿って杏奈の頬に触れる。
小柄な彼女はどこもかしこも小さくて、萩原の手にすっぽりと収まってしまう。
頬を包み込まれたまま、すり…と親指の腹でやさしく目元を撫でられて、杏奈はぴくりとやさしく触れられた目を細めた。
その様子をじっとみていた萩原は、フッと微笑む。
「おやすみ、杏奈ちゃん。」
そうにこりと微笑んで、ぽんぽんと頭を撫でた萩原は、先ほどまでの甘やかな雰囲気など微塵もなく、すっかりいつも通りで。
勉強もいいけど夜更かしは程々にねと、ぱちんと片目を瞑る萩原に、杏奈はへらりと微笑み返した。