第10章 チャイの香りと共に飲み込んで
喫茶店の従業員と常連客。そう言ってしまうには、些か親しすぎるような気もするが、どちらにせよ杏奈と松田は恋人同士ではないことに変わりはない。
松田に対して恋愛感情を抱いているわけでもない杏奈が、彼に恋人ができたところで、何を思うことも、なにかを望むこともない。
冷たくも感じる杏奈の言葉を受けて、萩原は言葉を変える。
「でも、気にはなる。でしょ?」
少なくとも俺にわざわざ確認するくらいには。
萩原の言葉に杏奈は、ぱちくりと瞳を瞬かせる。
気になってる…そう言われれば、そうなのかなぁ……。
萩原に言われて杏奈は、口ではどうとも思っていないと云いながら、しっかりと松田のことを気にしていることを自覚した。
でもその理由はやっぱり、恋愛感情とは別のところにある気がする。
「突然態度が変わったら、気になるのは当たり前なんじゃあないですかぁ?」
今まで当たり前にされていたことが、ある日を境に突然なくなった。その理由が気になるのは、至極当然のことではないだろうか。それなりに親しくしていた相手となれば、尚のこと。
おそらく萩原に同じ態度を取られても、杏奈は気にする。同じように事情に明るそうな松田に、何かあったのかと聞くだろう。
そう思うのに…う〜ん……なんだろ、コレ。
言葉とは裏腹に、杏奈の心は何故かモヤっとして。間違ってはいないのに、それだけではないような。いまいち腑に落ちない感覚に、杏奈は内心で首をかしげた。
杏奈の言葉に、そう言われればそうなんだけど…と萩原は苦笑した。
「杏奈ちゃんとしては、松田には今まで通りに接してほしいってことで、いいかな?」
萩原の言葉に杏奈は、う〜ん……と宙をみつめて考える。
突然接し方の変わった松田に、多少なりとも戸惑っていることは、自覚している。けれど自分はどうして欲しいのだろうか。
しばらく考えた杏奈は、ゆっくりと唇を動かした。