第10章 チャイの香りと共に飲み込んで
"松田にアタマを撫でられるのが好き"
それは杏奈の素直な気持ちであり、別段おかしなことを言ったつもりはなかったため、すぐに思い出すことができなかったのだ。
そういえば…あれが最後だったなぁ。
あの夜からまだひと月も経っていないのに、杏奈は何故だかとっても懐かしく感じる。
杏奈の心臓が、キュッと小さく鳴いた気がした。
なるほどねぇ…なんとなく読めてきた。
杏奈の言葉を聞いた萩原は、心の内でそう納得したように言葉をこぼした。
杏奈の言葉をきっかけに、松田の心に何かしらの変化が起こったのだろう。わざわざ杏奈と会ったあとに、そのまま女性をひっかけに行ったのも、不用意な行動をとってしまったのも、それが原因に違いない。
ただそれを松田本人が自覚しているかどうかは、別の話しだ。
自覚してないんだろうなぁ。
松田の不可解な行動について、杏奈から説明を聞いたかぎり、恐らく松田自身も自分の心の変化に戸惑っている。でなければ、頭にだけ触れないなんて、杏奈に違和感を与えるような行動はしない。
「なにか心当たりでもあるんですかぁ?」
こてんと首をかしげる杏奈。
さてどうしたものか。萩原は考える。
自分が思い当たった結論を口にするのは、簡単なことだ。
しかしそれはあくまでも萩原の考え。松田本人が言及したわけではない。つまり、想像の域をでない話なのだ。
本人に確認してもいないことを話して、真実を捻じ曲げるわけにはいかない。
「杏奈ちゃんは、どうあってほしい?」
松田のことはもちろん気になる。
しかしそれ以上に、今の松田の行動を受けて、目の前の少女がこの現状をどう思い、何を望んでいるのかが気になった。
萩原の問いに、杏奈は反対側にこてんと首を倒す。
どうって……どうも?松田さんにカノジョさんができたところで、私には関係ないことですよぉ。」
杏奈と松田の関係は、バイトしている店の常連客と、そこで働く店員でしかない。
たしかに常連客と店員の関係というには、萩原もふくめ親しいとは思う。しかしそれでも良くて、すこし変わったきっかけで知り合った友人。