第9章 ロシアン月餅ルーレット
すぐにメニュー表をひっこめた杏奈は、いつものでいいですかー?と首をかしげて、それに松田はうなずいた。
松田の注文を訊いた杏奈は、へらりと頬をゆるめる。
「かしこまりましたぁ。」
杏奈はへらへらと嬉しそうな、緩んだ笑みを浮かべる。
いつかの彼女の言葉が思い浮かんで、なんだかむず痒いような、気恥しいような、なんとも言えない心地になって落ち着かない。
早く淹れてこいと、松田はしっしと犬猫でも追い払うかのように、手をふった。
「照れちゃってぇ。素直じゃないですね~。」
へらへらと笑いながらそう口にした杏奈は、報復に遭う前にさっさとカウンターへと戻っていった。
上機嫌な彼女の背中にチッと舌打ちをこぼして、松田は紅茶が運ばれてくるまでの間、じっと紅茶を淹れる杏奈の姿を窺うことにする。
慣れた手つきでお湯を沸かし、ティーカップとポットを温める杏奈。
二種類の茶葉をそれぞれ別のスプーンで計量し、熱湯を勢いよく注ぎいれる。一瞬ふわりと香った紅茶の香りに目を細め、彼女はそれを閉じ込めるように蓋をした。
砂時計をひっくり返して抽出するあいだも、杏奈は決してポットから目を離さない。
水のなかで茶葉が舞い踊り、少しずつ琥珀色に染まる様子をみる彼女は、まるで子供のようにキラキラと瞳を輝かせていて。
ガキかよ。
松田は思わずふっと口元をゆるめた。
しばらくポットの中をみつめていた杏奈は、一度ポットから目を離して、紅茶のお供の準備をはじめる。
本来ならばアーリーモーニングや、ブレックファストティーの時間帯で、お菓子は必要ないのだが、食べ物をなにも頼んでいない松田のことを考え、少しでもお腹に溜まるものをと、杏奈はクッキーやビスケットではなく、ショートブレッドをお皿に盛りつけた。
お供の準備ができたところで、再びポットの中をみる。
ちらりと残りの砂の量を確認して、杏奈はティーカップに張っていたお湯で茶漉しをあたためた。
じきに砂時計の砂が落ち切る。
ポットの蓋をあけた瞬間に、ぶわりと閉じ込められていた紅茶の香りが、一気に広がった。