第9章 ロシアン月餅ルーレット
そして相手の男をうらやむと同時に、こんなにも深く誰かを愛する女性のことも、松田は羨ましいと感じていた。
松田は考える。過去に自分はこんな風にみっともなく、誰かに縋り、泣きわめくほど、誰かを深く愛したことがあるだろうかと。
松田は整った容姿もあって、昔からそれなりにモテた。
しかし自ら好きになって告白し、交際した数は決して多くはない。その数少ない相手ですら、もう顔も名前も思い出せなかった。
「ごめ…なさ……っ、好きでっ、忘れられ…くて……、ごめん……愛してる……っ!!」
震えながら何度も男への愛を叫び、それ以上に謝罪する女性の言葉を、松田は彼女の背中を撫でながら、ただ黙って静かに聞いていた。
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朝日が昇り、深夜とはちがう明るい喧騒がきこえてきた頃。
松田と女性はホテルを後にした。
駅までの道のりを他愛のないことをぽつぽつと話しながら歩いて、二人は改札の前で向かい合う。
「みっともないところを見せてしまって、すみませんでした……。」
女性は恥ずかしそうに俯き気味に、頭を下げる。
松田に縋り付くように泣いた女性は、そのまま泣きつかれて眠ってしまった。まるで子供のようなところを見せてしまったことが、恥ずかしくてならない。
そんな女性の様子に、松田は少し笑って言葉を紡ぐ。
「ソイツのこと、忘れられそうか?」
松田の問いに、女性はパッと顔をあげる。
そして眉をさげて微笑を浮かべ、正直まだ…と答える。
「でも…松田さんのおかげで、ほんの少しですけど、心が軽くなった気がします。」
幾らかスッキリした様子で照れくさそうに微笑む女性に、松田はそうかと返して頭を撫でる。
彼女は驚いたように目を丸くして、それから恥ずかしそうに小さく微笑んだ。
その様子に、松田は自然と言葉をかけていた。
「連絡先、交換しとくか?」
昨夜の彼女の様子から、そう簡単に忘れられそうな想いではないことは、松田にも痛いほど理解できた。
今はスッキリした様子だが、また抱える想いの重さに押しつぶされてしまうだろう。彼女は抱えたものを、周囲に打ち明けていない様子だった。
いつもならば、一夜限りの相手と連絡先を交換するようなことはしない。
けれど、なぜだか目の前の女性のことを、松田は放っておけないと思ってしまったのだ。