第9章 ロシアン月餅ルーレット
思ってもみなかった松田の提案に、女性は目を見開く。
「別に付き合おうってんじゃねぇ。ただ、また泣きたくなったときに、縋れるもんがあった方がいいんじゃねぇの。」
目の前の女性のことが好きになったわけではない。
ただ、誰にも言えない想いを抱えるには、彼女はあまりにも弱い。
何か縋りつけるものがあった方がいいのではないか。
知り合いに泣きつけなくても、よく知らない自分にならば泣きつけるのではないか。そう松田は考えたのだ。
どうする?と選択を彼女にゆだねる松田。
女性は不安そうに視線をさ迷わせ、目の前の男を見上げた。
「いえ……、やめておきます。」
女性は微笑を携えて、きっぱりと松田の提案を断った。
「まだ彼のことは忘れられそうにないし、きっとまた泣くことになるのでしょう。」
切なそうに瞼を伏せた彼女は、やはり弱弱しい。
思わず伸ばした松田の手が触れる前に、でも…と女性は言葉をつづけた。
「それでもいいって思えたから。松田さんのおかげで、この想いを誇ってもいいんだって、そう思えましたから。」
別れた彼への気持ちが消えないことを、彼女はずっと後ろめたく思っていた。未練たらしくて、みっともなくて。申し訳ないと。だから誰にも本当の想いを口にすることができなかった。
けれど松田は、それを受け入れてくれた。
自分のことを攻めなくてもいいんだと。
彼を思うこの気持ちは、恥じる必要はないのだと。
「自分の気持ちとちゃんと向き合って、全部受け止めて、前に進みます。」
他人からみれば、後ろ向きな結論なのかもしれない。
松田の提案を受け入れて、彼に甘えてしまったほうが、ずっと楽だろう。
けれど女性にとっては、これが前に進むための、彼女なりの決断だった。
痛みが伴うとわかっていても、それさえも受け入れていこうと、彼女の瞳はすでに前を向いていた。
眉をさげて微笑む彼女は、もう弱弱しいだけではない。
その瞳は覚悟をきめた、強いまなざしをしていた。
「……そうか。がんばれよ。」
前を向こうとしている彼女を引き留めるのは、無粋だろう。
松田は女性の頭を優しく撫でた。
頭に感じる優しい温度に、ほんの少し泣きそうに表情をゆがめた彼女だが、はい…!ときれいに微笑んだ。
彼女の表情をみて、松田は手をおろし改めて女性と向き合う。