第9章 ロシアン月餅ルーレット
松田の言葉に、女性の顔から微笑が消えて、今にも泣いてしまいそうに表情が歪んだ。
「はぃ……。未練たらしくて、自分でも嫌になります……。」
こんな面倒な女、振られて当然ですよね。
そう言って無理に微笑む女性は、痛々しい。
松田は彼女の背中を優しく撫でた。
「んなことねぇよ。それだけソイツのこと、好きだったんだろ。情けなくも、面倒でもねぇよ。」
手のひら全体で優しく女性の背を撫でながら、あんまり自分のこと悪く言うもんじゃねぇぞと言う松田に、彼女の顔から完全に笑みが消える。
パッとうつむいた女性だが、その小さな肩は震えていて、必死に涙をこらえているのが丸わかりだ。
松田は背中を撫でていた手を肩に移動させ、ぐいっとその小さな身体を引き寄せた。
突然の松田の行動に驚いた女性が、松田を見上げる。
その瞳は涙に濡れ、今にも雫がこぼれ落ちてしまいそうなほどだった。
「無理に笑うな。泣きたきゃ泣け。」
そんで思ってること全部吐きだしちまえと、松田は女性の背を撫でる。
松田の言葉に、ついに女性の瞳からぽろりと雫がこぼれ落ちる。
一度こぼれ落ちたそれは、せき止めていたものが無くなってしまったように、ポロポロと次から次へとこぼれ落ちた。
「……き……っすきなんです……っ、ごめんなさい…。忘れられない……!」
堰をきったように、女性は涙をながしながら、言葉を吐きだす。
誰にも云えず、ずっと自分の中に閉じ込めていた想いが、彼女のなかから次々と溢れ出した。
「愛してる……!今でも……っ、ずっと……っ!」
ごめんなさい…と涙にぬれた声で、つぶやいた女性は、ぎゅっと縋りつくように、自分の背中を撫でる男の背に腕をまわし、しがみついた。
何かにしがみ付いていなければ、自分から離れていった男への愛と、罪悪感に押しつぶされて、どうにかなってしまいそうだったのだ。
コイツを振った野郎は、見る目がねぇな。
震える女性の背中を撫でながら、松田は彼女を振った男のことを考える。
慣れないことをしてまで忘れようとして、それでも忘れられないほど、深く誰かを愛する女性を、どうして男は突き放したのか。
その理由を推し量ることは、彼女のこともその男のことも、何ひとつ知らない松田にはできない。
それでも、松田はこの女性に想われる男のことを、ほんの少し羨ましく思った。