第9章 ロシアン月餅ルーレット
堪えるような松田の笑いにさえビクリと反応して、真っ赤になる女性に、彼は笑いながら言葉を紡いだ。
「アンタ、本当にこういうこと慣れてねぇんだな。」
松田が一夜の相手に選んだ女性は、今まで相手にしてきた女性とは、だいぶ趣がちがう。
今まで松田が一夜をともにした女性は、容姿に自信があり、明らかに男性慣れしている、所謂肉食系といわれる女性だった。
しかしこの女性は、可愛らしい容姿はしているが、自信なさげで、明らかに男性慣れしていない。今までならば、絶対に声をかけなかったタイプだった。
クツクツと喉で笑う松田に、女性は小さな肩をさらに小さくして、すみません…と謝る。別に謝る必要はないと、松田は彼女の小さくなった背中をポンポンと撫でた。
しかし女性は肩の力を抜くどころか、更に俯いてしまう。首筋まで真っ赤な女性の様子に、松田はフッと笑って口を開いた。
「そんなんで、どうして俺について来ようと思った?」
明らかに男性慣れしていない初心な反応や、丁寧な言葉遣いなど端々にうかがえる育ちのよさ。声をかけられたからと云って、見ず知らずの男性に着いてきて、身体を暴くことを許すようなタイプには、とてもじゃないが見えない。
松田の言葉に、女性は視線をさ迷わせたあとに、松田を見上げゆっくりと唇を動かした。
「実は……、お付き合いしていた男性に、振られてしまったんです。」
眉を下げて微笑む女性。
今でもその男性のことが好きなのだろう。
案の定、彼女はくしゃりと泣きそうな顔で笑って、続けた。
「お恥ずかしいことに、未だに彼のことが忘れられなくて……。だから……。」
その先の言葉は続かなかった。
けれど、彼女がその別れた男性のことを忘れるために、他の男性で彼の存在を上書きしようとしたことは、松田にも理解できた。
そして、松田と肌を重ねたあとも、その男性の存在を、胸にあふれる想いを忘れられなかったことも。
情けないですねとくしゃりと泣きそうに微笑む女性をみて、黙って彼女の言葉を聞いていた松田が、ゆっくりと口を開く。
「愛してるんだな。その男のこと。」
"愛してる"なんて、言いなれない。
けれど女性の様子は“好き”なんて言葉では足りないほどの、自分を振った男性への愛情が見て取れた。