第9章 ロシアン月餅ルーレット
人々が寝静まる深夜2時。
住宅街ならば既にほとんどの人間が床に入り、家の明かりも落ちて静かになる頃だろう。
しかし、繁華街であるこの場所は、月やぽつぽつと見える星の明かりをかき消すように、どこもかしこもネオンがギラつき、人の声や店舗から漏れる音、車の走る音など、人々の織りなす喧騒で溢れている。むしろ繁華街ではこの時間帯が、ゴールデンタイムだ。
「……ふぅー………。」
そんな繁華街の裏手にあるホテルの一室。
松田は乱れたベッドに腰掛け、タバコをふかしている。
上半身は裸で下着を身につけただけの状態で、情事の痕跡を色濃く残すベッドの中で、松田は部屋に木霊する水音を、ただ静かに聞いていた。
杏奈と図書館でばったりと鉢合わせ、彼女を自宅まで送り届けたあと、松田はその足で繁華街へ向かった。
杏奈と接して思い出したように芽生えた熱を、直ぐにでも吐き出してしまいたかったからだ。
繁華街のバーで出会った女性に声をかけ、ホテルへとなだれ込んだふたりは、真っ白な海に身を投じ、何度も身体を重ねた。
溜まっていたものを出したお陰で、どことなくスッキリとした心地で、松田はタバコをふかしている。
先程まで交わっていた相手は、シャワーを浴びて身体を清めている。一人きりになった部屋で、頭に浮かぶのは杏奈の顔。
しかし、もう熱が沸き起こるようなことはない。
やっぱり溜まってたんだなと一人考えながらぼーっとしていると、不意に部屋に満ちていた水音が止む。どうやらシャワーを浴び終わったらしい。
しばらくしてガチャリとバスルームの扉が開く。
そこからひょっこりと顔を覗かせたのは、つい先刻まで身体を重ねていた女性。
彼女はうつむいたまま、とことこと松田のいるベッドに歩み寄り、直立したかと思えば、ストンとベッドに腰掛ける。
俯いた彼女の肩はあがり、膝においた両手はギュッと握りこまれていて。明らかに力が入っている。
よくよく見れば、乾かされた柔らかい髪の隙間から見える耳や首筋は、真っ赤で。
今にも全身から湯気を上げそうな女性の様子に、松田は堪えきれず笑ってしまう。