第2章 サルミアッキに魅せられて
「そうそう。アンちゃんがここで働くようになってから、わたし推理小説にハマっちゃって!」
今じゃアンちゃんのコレが楽しみで来てるようなものなのよ!とカウンター席から少し離れたテーブル席に座る主婦層の女性ーー花さんが楽しそうに笑う。杏奈は、いや〜照れますな〜とへらりと笑んで後頭部に手を当てた。
満更でもない様子の杏奈に、ところでアンちゃん…とカウンター席に座る山さんが話しかける。
「さっきのアレは、新作の一部かい?」
「はい。実はそうなんですよー。」
杏奈は趣味で推理小説を執筆している。
もともと大の推理小説、ミステリー小説オタクである彼女は、有名無名とわず様々な作品を読み漁っていた。
しかしいつしかそれだけでは満足できず、いつしか自分で小説を執筆するようになっていったのだ。ここまで来ると、最早オタクというよりも中毒者である。
しかし何処かに発表するつもりはなく、本人はあくまでも趣味で執筆しているだけなのだが。
杏奈の答えに、山さんはふむと楽しそうに頷く。
「今回の作品は暗黒小説かな?」
暗黒小説とは、小説における形式の一つ。
推理小説やミステリー小説でいわゆる王道である私立探偵ものとは違い、犯罪者を主人公に据えることが多いのが特徴だ。
犯人が最初からわかった上で進んでいく話は、構成を間違えると一気に詰まらなくなってしまう。難しい形式に挑戦しようとしている杏奈に、尋ねた山さんはもちろん、話を聞いていた花さんも興味深そうに瞳を輝かせた。
「しかも今回の主人公はネクロフィリア。なかなか興味深い。」
今回、杏奈が執筆しようと思っている作品は、ネクロフィリアが主人公のもの。
父親の異常な愛を目の当たりにした少女は、そこで目にしたあの生首の美しさに魅せられる。
そして自分だけのドールハウスを作るために、自身も犯罪に手を染めていくことになる、そんな話だ。
まだ主人公の名前すら未定だが、ここからどんどん肉付けしていくつもりであると言う杏奈に、うんうんと頷く山さん。
ネクロフィリアって、死体愛好のことよね?と最近ミステリーにハマっている花さんが問う。