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アフタヌーンティーはモリエールにて

第8章 月夜のティラミス


「じゃあな。暑いからって、冷房ガンガンの部屋で腹だして寝るんじゃねぇぞ。」
「そんことしませんよー。松田さんこそ、パンイチで寝て風邪ひかないでくださいねー。」
「しねぇよ。お前の中で俺はどんなイメージだ。」


憎まれ口に対して、無自覚に憎まれ口を返す杏奈の頭を、松田はぐしゃぐしゃにかき混ぜた。
遠慮のない手に髪の毛をぐしゃぐしゃにされた杏奈は、何するんですか~と文句を言う。

ボサボサになった低い位置にある小さな頭に満足して、松田が手を引っ込めようとしたとき、ふへ、と杏奈が小さく笑い声を漏らした。

頭をボサボサにされて、何を笑っているんだと、松田が訝し気に様子をうかがっていると、杏奈が言葉を発する。


「私……松田さんに頭なでられるの、好きみたいです。」


ふにゃあっとはにかむ杏奈の表情は、眉も優しく細められたその目尻も垂れ下がっていて、心の底から嬉しいと言っている。
その表情に、ドクリと松田の心臓が大きく脈打つ。

思わず引っ込めようとしていたことも忘れ、松田は杏奈の頭に手を置いたまま硬直してしまう。
しかし杏奈はそんな松田の反応に気づかず、もっと撫でろとでも言うように、彼の手のひらにぐりぐりと自ら頭を擦りつけた。

口元は相変わらず笑みをかたどり、瞳を細めて頬をゆるめる表情は、気持ちよさそうで。猫が飼い主に甘えるようなその仕草は、とても愛らしい。
松田の鼓動がまた速度をあげた。


「……そうかよ!」


言いながら松田は、杏奈の頭を乱暴にかき混ぜた。
うわぁとゆるく悲鳴をあげた杏奈だが、暴れたり松田の手を無理やり引きはがそうとする様子はない。

自分の調子が崩されるのを感じて、松田は最後にくしゃりとその髪を撫でて、今度こそ手を離した。


「じゃあな。」


これ以上この場にいたら、本当に調子が崩れそうだ。
松田は短く別れを口にすると、杏奈に背を向ける。

そのまま数歩進んだところで、松田さーんと声をかけられて振り返る。


「おやすみなさーい。」


振り返った松田に、杏奈がへらりと笑む。
いつも通りの彼女の様子に、おやすみと松田もひらりといつも通りに手をあげて返して、再び背をむけてそのまま駅へと向かった。
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