第8章 月夜のティラミス
司書に注意されたあと、互いに冷静さを取り戻したふたりは、それぞれ中断していた作業に戻り、閉館の間際までお互いに自分の世界に没入していた。
そして現在、杏奈と松田は、ふたり並んで杏奈の自宅へと向かっている。
外が暗くなってきたからと、いつかの日のように、松田が家まで送ると進言してくれたのだ。
お互いに相手を罵りあった二人だが、杏奈が怒りが尾を引かない、竹を割ったような性格をしていることもあり、図書館をでるときには、すっかりいつもと変わらぬ雰囲気である。
「だから犯人の心理描写がすごく繊細で、思わず涙ぐむというか……。」
「あぁ。あの第二章のとこな。たしかにあれはグッときた。」
夏の夜空の下を並んで歩きながら、ふたりは図書館で松田が読んでいたミステリー小説――杏奈が薦めてくれたもの――の話をしている。
想像以上に面白かったために、松田は図書館にいる時間内で読了してしまったのだ。
互いに感想を述べながら、意見を交換する。
意見を交換してはじめて気づくことも多く、物語の中では描かれなかった部分を互いに考察してみたりと、二人の会話は尽きない。松田も杏奈も、この時間を楽しんでいる。
しかし、楽しい時間というものは、得てしてあっという間に過ぎ去ってしまうものである。
あれやこれやと語っているうちに、気づけばもう杏奈の自宅がある道に出ていた。少し視線を先へ伸ばせば、彼女の自宅の屋根もみえる。
気持ちゆったりと歩いていたが、あっという間に杏奈の自宅の前についてしまった。
「わざわざ送ってくれて、ありがとーございましたぁ。」
盛り上がっていたために、すこし名残惜しいが、杏奈は別れを切り出す。松田もまた彼女と同じ気持ちではあるが、ここまできて長話をするつもりも、今からどこか別の場所へ誘う気もない。
「まぁ、この時期はなにかと物騒だからな。」
松田も引き留めるようなことは言わない。
警察官らしいもっともなことを言う松田に、本当に警察なんだよねぇと、杏奈はついつい忘れてしまうことを、改めて思った。