第8章 月夜のティラミス
コイツ……馬鹿だろ。
松田は目の前で恥ずかしそうに瞳を伏せる杏奈を見て、思う。
真っ赤に色づいた顔で、何かに耐えるように口元を手で覆い、目を伏せふるふると震える姿は、とても扇情的だ。
男の欲を煽るようなその姿に、松田の心の中に湧くなにかが、一層膨れ上がった。
松田はじっと杏奈の様子を見ながら、指を動かす。
悪戯に杏奈の耳の裏をくすぐっていた指を移動させ、再び縁をなぞると、そのまま真っ赤に熟れた小さな耳たぶを、優しく指先で挟み込んだ。
「――――っ痛ぁ……!!」
「アホ。なんつー顔してんだ。」
摘まんだ耳たぶを思いっきり引っぱると、松田は呆れたようにそう言って、ぱっと指を離す。
つい一瞬前まで優しくくすぐられていた場所を、思いっきりつねられた杏奈は、痛みに声をあげて耳を両手で抑えた。
「ガキのくせに、期待してんじゃねぇよ。」
百年早ぇと唇を釣り上げ、シニカルに笑う松田。
その言葉を理解した瞬間、杏奈の顔が先ほどとは違う理由で紅く染まる。言わずもがな怒りである。
松田に翻弄されていたことに、更に子ども扱いされたことが、我慢ならない。
しかしここで怒りのままに行動しては、バカにされるうえに更に子ども扱いされるだけ。
杏奈は湧きおこる衝動と感情をぐっと押さえつける。
「図書館で女子高生の耳たぶ撫でまわすような、変態さんにだけは言われたくないですねぇ。」
この淫行警官とへらりと微笑む杏奈に、ピクリと松田の眉が吊り上がる。
客観的に見れば確かに、図書館でいかがわしい行為をしていると、捉えられてしまっても仕方のないことをしていた。しかし、言うに事を欠いて"淫行警官"とは。
「ほんと可愛いげがねぇなぁ。あ゙ぁ?」
「とっくに自覚済みですー。それに萩原さんは可愛いって言ってくれますよぉ?」
「アイツは女なら誰にでもそういうこと言うんだよ。いちち真に受けてんじゃねぇ。」
「いいんじゃないですかぁ?女の子に対して"かわいい"の一言も云えないへそ曲がりさんに比べればー。」
杏奈の言葉に煽られた松田の言葉に、すかさずまた杏奈が煽る。それからはもう売り言葉に買い言葉だ。
先ほどまでの甘い雰囲気はどこへやら。互いを罵りだした二人は、見かねた司書に注意されたのだった。