第8章 盗まれたのは
夢を見た。
誰かと手を取り笑い合いながら過ごしている夢。
特に何をしていた訳でもなく、ただ一緒に時を過ごしているだけ。
それだけなのにとても幸せで、胸が温かくなる夢だった。
彼が私の方を見て「愛香」と名前を呼ぶ。
名前を呼ばれただけで胸がいっぱいになるくらい甘い声だった。
自然と距離を詰め、顔が近付きキスを…
する前に目が覚めた。
あぁ、夢オチかよと思って下を向くと手の甲にポツっと雫が落ちてきてそこでハッと気付いた。
「なんで…泣いてるのよ」
どうやら寝ながら泣いていたらしい。
正直夢の内容を詳しく覚えている訳ではないから、何処に泣く要素があったのさえ分からないが…。
ベッドの横にあるチェストの上に置いてあるテッシュを取り涙を拭く。
「はぁ…」
と1つ溜息を吐き出す。
私は幸せになりたいなんて願望があるのか。
相手の男の顔は見えなかった、と言うかなかったと言う方が正しいだろう。
相手も居ないのに幸せになれる訳がない、ましてや自分はその市民の幸せを守る方の立場なのに。
「私、なにしてんだろ」
そう思うのは自分が今現在何もせずにこの家に閉じ込められてしまったからだ。
実際は自分が蒔いた種な訳で、今の自分にはどうにも出来ない現状なのだ。
状況を打破する事も、逃げ出す事も出来ない。
今は言われた通り静養するしかない…か。
そこまで考えて結論を出す。
何も変わらないが仕方ない、私に出来ることはないのだから。
ふと外を見る、先程寝る前よりだいぶ時間が経っているようで辺りは夕暮れに包まれていた。
あぁ、そろそろ起きて準備をしなければ夕食の時間か。
そう思いベッドから出て足を地面に付けた所で部屋のドアが開く。
「あぁ、やはりお目覚めでしたか。
私の勘は当たりますね」
ドアを開閉して入って来たのは早乙女だった。
いや、ノックしろよと言う顔で早乙女を睨む。
すると「お前以外の部屋ならノックして声掛けて入るけどな」なんて言われた。
私をなんだと思っているんだ、腹立つ!
(何回腹立ててんだってくらい早乙女には腹が立つ)