第12章 欲張りな願い
柊羽はコナンの元を離れると、目的の人物に近寄る。
釘を刺されたばかりだったが、こちらとて我慢ばかりしていられない。
「透さん」
「あぁ、柊羽さん。彼、大丈夫そうでしたか?」
「はい。透さんの応急処置のお陰です。」
「いえ僕は何も…」
「透さんって苦手なことないんですか?」
「え?」
「だって、何でもソツなくこなしちゃうから…」
「そんなことはありませんが、僕にだって苦手なことくらいありますよ。」
「へぇー、例えば?」
それは是が非でも聞いてみたい、と柊羽は期待の眼差しを向ける。
「その吸い込まれそうな目、とか?」
「え…」
「柊羽さんに会えなかったこの一週間とか」
…また、してやられた。
でももう二度とないかもしれないとさえ思っていたやり取りだけに、からかわれているのが分かっても嬉しくて。
「!!すみません、そんなつもりじゃ…」
突然焦りだした安室を不思議に思っていると、手がこちらへ伸びてきた。
「その涙も、苦手です。」
そう告げる彼の言葉に、初めて自分が泣いていることに気付いた。
優しく涙を拭ってくれる彼の手に、自分のそれを重ねてみる。本当の気持ちが伝わってしまいそうでドキドキしたが、伝わってしまえという気持ちも少しだけあった。
一方、今までほとんどなかった柊羽からのスキンシップに安室は動揺していた。
(なんだ?これは…どういう意図だ?)
甘い雰囲気に身を委ねられず、そんなことを考えてしまうのは職業病だろう。
様々な顔を使い分け、数え切れないほどの人を騙してきた。
初対面の相手はまず疑うところからスタートする。
でもそれは、自分の正義を貫くためであり、これからも変えるつもりはない。
それが誰かにとっての正義とは相容れないことがあるのも分かっているし過去に実例だってある。
自分に張り巡らされた複雑なセキュリティを掻い潜ってきたこの柊羽という人物。
どういった類のものかは分からないが、好意を向けられていることくらい安室にもわかる。
(もし、本当の俺を知っても…こうしてくれるのか?)
安室は、頬に触れていない行き場をなくした左手をギュッと握り締めた。