第10章 ミステリートレイン
車内に立ち込める煙。
以前火事にあってトラウマになっている乗客たちはパニックになり逃げ惑っている。
そこへ鶴の一声。
「皆さん前の車両に避難してください!!!」
安室だ。
為す術もない乗客たちは、その声に従い前方へと駆けて行った。
車椅子で機敏に動けない乗客にはコナンが声をかけ、案内をしているようだ。
その様子を見届け、全員が避難したことを確認すると安室はそれとは反対方向へと踏み出した。
コツ、コツ、と。
処刑台に向かう囚人はこんな気分なのだろうか。
足を動かしているのは自分のはずなのに、どこか他人事のようで。
全てがスローモーションに感じた。
目当ての人物を見落とさぬよう、細心の注意を払って歩き続ける。
立ち込める煙の中視線の隅に飛び込んできたあるもの。
(女性の足?シェリー、か?)
どうやら倒れているようだ。それなら尚更都合がいいと思い横たわるその人物を見て、安室はピシリと固まった。
(柊羽!?)
動揺しながらも彼女の状態のチェックはしっかりと行い、寝ているだけということは確認した。
けれど、何故ここに…
そして一体誰が…
任務があるのに、体が縛り付けられたかのように動けない。
ドクドクといつもより速くなった鼓動が耳に響く。
(落ち着け。焦りこそ最大のトラップ、だったよな。)
それは爆弾処理の時の心得として昔同期に教わったものだったが、今の状況にも言えることだ。
良く考えればこの車両にはもう誰もいない。
寝ているだけであればこのままにして、任務が終わってから皆の元へ運べば問題ないだろう。
少し良心が痛んだが、許しを乞うように優しく頭を撫で自然な流れで額に口付けを落とす。
「すまない。ちゃんと後で迎えに来るから…」
寝ている彼女に届く訳はなかったが、何故かそう言わずにはいられなかった。
安室は後ろ髪をひかれながらも再び目的の人物を探すことに集中する。
そして今度こそ見つけた。
シェリーにはなんの恨みもないが、あまり時間をかける余裕はなくなった。
さっさと終わらせるとしよう。
コツ、コツ
「さすがヘル・エンジェルの娘さんだ。よく似てらっしゃる。」
コツ、コツ
「初めまして。バーボン…これが僕のコードネームです。」