第10章 ミステリートレイン
「貴方は、確か…」
そこに居たのは、以前一度だけ会った大学院生。
なぜ、彼がここに。
それに今の今までどこにいたのだろう。
「お久しぶりです。柊羽さん、でしたか。彼とは順調ですか?」
「なんで貴方がそんなこと…」
「さあ?単なる興味、ですかね」
飄々と応対するその顔は、食えない、と柊羽は思った。
「そんなことより、哀ちゃんに何を?」
「殺人犯がどこにいるかも分からないのに、子供ひとりで歩き回っては危ないと思って、少しお灸を据えてしまいました」
当たり前でしょうとでも言うかのような態度に思わず納得してしまいそうになるが、そんなはずない。
そんなことであの冷静な哀があんなに取り乱すわけがない。
それに、以前阿笠邸で会った時も哀の様子はおかしかった。
少し、カマをかけてみるか。
「貴方まさか、例の組織の…」
何を思ったのか、その言葉にフッと笑ったかと思いきや、沖矢はゆっくりと間合いを詰めてきた。
それに合わせて自然と、後ずさる。
早く、哀を追いかけなければ。
そう思うのに、目の前の男から目が離せず、ジリジリと距離を詰められてしまう。
トン、と背中が壁に当たる。
マズい。
そう思ったのも束の間、その僅かな隙をついて男の手が伸びてきた。
「やっ!!…んぅ…!」
伸びてきた手に後頭部を掴まれ、もう片方の布を持った手で鼻と口を塞がれた。
薬品の匂いに気付いて息を止め、手を退けようとしがみつきもがいてみるもビクともせず、柊羽は意識を手放した。
「貴女にこちらの世界は似合わない。でも少し、協力してもらいましょうか。」
沖矢は腕の中でぐったりと身を委ねる柊羽を見つめ、呟いた。
意識のない柊羽を横抱きにして客室に戻る。
「どうだった?作戦は…って柊羽ちゃん!?」
「あぁ、そういえば姪っ子さんでしたか。」
「そうだけど…どういうこと?こんなの聞いてないわよ」
「大丈夫、寝ているだけです。何でもバーボンの大切な女性のようですから、少し協力をしてもらおうかと。それに、放っておいたら危険な場所に足を踏み入れそうだったので…」
"大切な女性"という言葉に彼女_工藤有希子は眉をしかめる。
どうかこの子が傷つきませんように。そう祈ることしかできなかった。