第17章 昔話
「そうだ、陣平さん…」
「あぁ、そう言えばそれも話すと約束したな。」
頭の中に思い浮かんだことをうわ言のように口にすれば、安室はそれに反応を示した。
「柊羽のことも、松田から聞いていたんだ。」
「えっ?」
「尤も、写真を見た事もなければ名前すら聞かされていなかったから、話に聞いていた松田の彼女と同一人物だと確信したのは柊羽の家で二人の写真を見た時だけどな」
「そうなんだ…って、ことは、」
「出会ったのは偶然、だな」
確かにそうだ。
ポアロに通い始めた頃は、安室はいなかった。
しかしそこから距離が縮んだのは…
「昔…」
「ん?」
柊羽は意を決して、昔話をしようと試みた。
人生のトラウマを植え付けられた忌まわしいあの事件。
思わず力が入ってシーツを握る手を、安室が上から優しく包んでくれて少し緊張が和らいだ。
「それよりも前に、私透さんに会ったことがあると思うの」
「え?」
柊羽の言葉に、今度は安室が驚く番だった。
「萩原さんが亡くなって少ししてから。当時の彼が、いわゆる闇…っていうのかな、そういう人たちと繋がってたみたいで、その…売られたことがあって…っ」
「ゆっくりでいい」
詳細を思い出せば、込み上げてくる吐き気になんとか耐えていると、安室は優しく背中を摩ってくれた。
「ビジネスホテルで知らない男の人達にめちゃくちゃにされてる時に、警察を呼んでくれた人がいて」
「うん」
「『もう大丈夫だ』って言葉にすごく安心してそのまま気を失っちゃったんだけど、ずっとその声が忘れられなくて何度も夢に出てきた」
「それでか…」
背中をさすり相槌を打っていた安室が突如として口を挟むと、柊羽は不思議そうにその顔を覗き込む。
「ポアロで初めて会った時に言ってただろ?僕の声に聞き覚えがあるって」
腑に落ちたと表情でも語る安室を見ながら、柊羽はそんな些細なことまで覚えてくれていることに感心した。
「声が似てるだけかなとも思った。でも、うっすら覚えてる背格好も似てるし、今思えばあの人自身も警察官だったのかなって。なにか事情があって正体を明かさなかった…」
それは、松田と萩原からよく聞かされていた名前。
「…ゼロ」